TPPが発効すると国内の農業にどんな影響が?
ご存知のように、TPPは2015年10月に交渉参加12か国によって大筋合意が行われました。今後、各国が批准した段階で正式発効となります。TPPは、米国の2人の大統領候補がいずれもTPPに反対していることから、当面どうなるかわからないと言われています。しかし、もし撤回となれば米国は国際的な信用を失うことになるでしょう。
日本の農業に対する影響について、米、牛肉など重要5品目について報道されてきましたが、TPPが発効するとそれぞれ次のようになります。
日本政府は重要品目を守ったといい、米国なども日本の市場をこじ開けたといっています。双方とも自国民や企業に「勝利」といっていますが、勝ち負けの基準が決まっていないのでなんとも言えません。
【米】
米は現在1kgあたり341円の関税を設けていますが、ミニマムアクセス(MA)米として年間約77万トンを事実上義務的に輸入しています。その多くは加工用などに使われています。
TPP発効後は、1kgあたり341円の関税が維持されますがSBS(「売買同時契約」)で、米国と豪州に以下のような無関税の輸入枠が新設されます。
米国:5万トン(当初3年維持)→7万トン(13年目以降)
豪州:0.6万トン(当初3年維持)→0.84万トン(13年目以降)
農水省は資料等で、これだけ枠を広げたけれど影響はない、政府が管理するので主食用に輸入米が出ることはないと言っています。
【牛肉】
現在、輸入牛肉には38.5%の関税がかけられています。
TPP発効後は、16年目に最終税率を9%とし、関税撤廃は回避されます。輸入急増に対するセーフガードを措置できますが、関税が9%となる16年目以降、4年間連続で発動されない場合にはセーフガードは終了になります。
牛肉や乳製品がTPPによっていちばん影響を受けるだろうと考えられます。国産の牛肉は高級品であって、米国産や豪州産の牛肉とは競合しないと言われますが、やはりこれは厳しいということで、自民党農林部会・畜産酪農対策小委員会で対策を練っています。
【オレンジ(生果)】
現在は、6月〜11月には16% 12月〜5月には32%(ミカンなどが出回る時期なので税率が高い)の関税がかけられています。TPP発効後は、4月〜11月は段階的に税率を下げて6年目に関税撤廃、12月〜3月は、初年度に20%削減、3年間据置、その後段階的に下げ8年目に関税撤廃(関税削減期間中はセーフガードを措置)となっています。
3例しか申し上げていませんが、他の品目についても国内農業に影響が出ないようにはしてきました。
安全・安心への懸念
TPPの発効後、国内で未承認の添加物がどんどん入ってくるのではないか、といった懸念が聞かれます。これについては、WTO(世界貿易機関)協定であるTBT協定(貿易の技術的障害に関する協定)、SPS協定(衛生植物検疫措置の適用に関する協定)に基づいて処理すると政府は答えています。これは今までのEPAやWTOのルールと変わっていません。
遺伝子組み換え作物の食品表示ができなくなるのではないか、という懸念も聞かれます。
米国では遺伝子組み換え作物の食品表示が始まります。ただし、食品のラベルにではなく、インターネットによる情報提供という形で行われます。自分の国で実施しているのに日本に表示をやめろとは言ってきません。
国内の農林水産業を成長産業に
TPPは美味しく安全な日本の農産物、水産物の輸出拡大を計るチャンスと捉えることができます。この考えに沿って、内閣府の規制改革推進会議、経済財政諮問会議、首相官邸の農林水産業・地域の活力創造本部、農林水産業の輸出力強化ワーキンググループなどが国内農林水産業の成長産業化について検討を重ねてきています。成長産業化の一つの手法に輸出拡大があります。
農産物水産物の輸出は、2012〜2015年まで高成長が続き、2020年の達成目標だった総額1兆円を1年前倒しにするとしています。ただ、2016年に入って輸出が少し鈍化しています。大きな原因にホタテの不漁があるのですが、このことから農産物水産物の輸出は未だ脆弱であることが見て取れます。
政府はさまざまな輸出拡大戦略を練っていますが、オールジャパンで戦略的なマーケティング・ブランディングを行うような団体を作ろうという機運が生まれています。それが「日本版SOPEXA(ソペクサ)」です。SOPEXAはフランス食品振興会のことで、創設された1961年からフランスの農産物の価値を高め、輸出促進を図る活動を行っています。日本版SOPEXAの業務内容としては、戦略的なマーケティング・ブランディングの他、需要の分野横断的な把握・分析や地域の生産者・事業者に対するアドバイスなどが考えられています。
TPP対策としての新たな制度
TPPを機に、新たな制度の導入や見直し、改革が検討されています。その中から重要と思われるものを紹介しましょう。
【HACCPの義務化】
厚生労働省は、食品衛生管理の国際標準であるHACCP(ハサップ)の導入を食品関連事業者に義務付ける方向で検討を重ね、数年後の実施を目指しています。HACCPとは何か? 厚生労働省のホームページには次のように解説されています。
「HACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point)とは、食品の製造・加工工程のあらゆる段階で発生するおそれのある微生物汚染等の危害をあらかじめ分析(Hazard Analysis)し、その結果に基づいて、製造工程のどの段階でどのような対策を講じればより安全な製品を得ることができるかという重要管理点(Critical Control Point)を定め、これを連続的に監視することにより製品の安全を確保する衛生管理の手法です。この手法は国連の国連食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)の合同機関である食品規格(コーデックス)委員会からガイドラインとして発表され、各国にその採用を推奨している国際的に認められたものです。」
日本は食品衛生管理の面では、先進国に比べ周回遅れの状態だといわれます。食品衛生法改正の際に「総合衛生管理製造過程」(マルソウ)を設けましたが、その後もO157による被害など食品汚染の事故はあとを絶たず、今までの手法では限界が指摘されています。そこで、TPPを機にHACCPを義務化しようというわけです。HACCPの義務化に際して、厚生労働省は、厳格な基準Aと多少緩やかな基準Bの2段階の適用を考えています。基準Bの対象となる企業規模、業種などをまとめています。
HACCPがあれば、HACCPを実施していない国からの食品に制限をかけられると同時に、EUや米国など、すでにHACCPを実施している国には輸出しやすくなるというメリットもあります。
【日本発FSMS(食品安全マネジメントシステム)=JFS】
HACCPの義務付けとは別に、農水省と民間の日本フードセーフティマネジメント協会(JFSM)は日本独自の食品安全管理システム(JFS)を作成しました。
安全な食品を消費者に届けるために、食品安全を脅かす危害を適切に管理するシステムでFSMSと呼ばれています。FSMSのなかにISO 22000(国際標準化機構が策定)、FSSC 22000(オランダの財団が策定)、SQF(豪州で策定された品質と安全性のマネジメントシステム)などがありますが、ある国の小売業がSQFを求め、別の小売業がFSSC22000を要求していれば、食品メーカーは複数の認証を取得しなければなりません。そういった弊害を防ぐために、イオンなどの小売業やダノンなどの大手食品メーカーが参加するGFSI(グローバルフードセーフティイニシアティブ)がSQFとFSSC 22000などは同等という承認を行っています。今後、JFSもGFSIの同等性の承認を受ける予定です。
JFSは、他のFSMSと異なり、次のような特徴を持っています。
- 1. 中小事業者にとって取り組みやすいよう、段階的な取組ができるしくみ。
- 2. 使用する事業者にとってわかりやすい記述とし、実質的に取組向上につながる。
- 3. 日本発の特徴として、和食やそれに使われる産品に適用しやすい、現場からの意見を取り入れて継続的改善を促す。
JFSは3つの規格を設けていますが、前述のHACCPの義務づけには2つの基準案があり、その相互対応を矢印で示しました。HACCPの基準Bがどのような規模、業種に適応されるか確定していませんので、JFSのA規格は変わる可能性もあります。
【地理的表示保護制度】
地域の特性に由来した特徴ある産品の名称を地域の知的財産として活用していく必要があるとして、「特定農林水産物等の名称の保護に関する法律」が2014年に成立しました。現時点で、農水省の地理的表示制度での登録件数は21を数えます。ほかにも国税庁は所管する日本酒、焼酎(「壱岐」、「球磨」、「琉球」)を制度化し、TPP交渉で米国、カナダが了承しています。日本酒については、日本で作った米を原料に日本で作ったものを「日本酒」としているので、米国、カナダでは日本産以外の原料を使ってその国で製造した清酒を「日本酒」として流通させることができません。日本では、代わりにバーボンなどは米国産のみと限定されることになりました。
【原料原産地表示の拡大】
消費者庁・農林水産省は、2016年10月、加工食品の原料原産地表示制度の案を発表しました。この案によると、全ての加工食品について、重量割合上位1位の原料原産地の表示が義務になります。例えばロースハムの場合、「豚ロース肉(アメリカ)」のようになります。例外として、次のようなものが挙げられています。
- ・可能性表示:原産地が頻繁に変わる場合、使用可能性のある複数国を、使用が見込まれる重量割合の高いものから順に「又は」でつないで表示できる。例えば「大豆(アメリカ又はカナダ又はブラジル)」。
- ・大括り表示:原産国が3か国以上ある場合は、国名を列挙する代わりに「輸入」という表示ができる。
- ・大括り表示+可能性表示:「又は」でつないで「豚肉(輸入又は国産)」というような表示ができる。
- ・中間加工原材料の製造地表示:対象原材料が中間加工原材料である場合に、その製造地を「○○(国名)製造」と表示する。例えば「りんご果汁(ドイツ製造)」。
今後、消費者庁と農水省が制度設計をしたうえで、食品表示法の枠組みのなかで、来年夏には公布する予定です。
情報の管理がますます重要になる
農林水産物の生産・加工の現場では、衛生管理や表示などの規制が厳しくなると同時に、輸出促進などに伴う管理業務が急速に増えていくでしょう。おそらくこれまでも、工場内では日々の業務が詳細に記録されていると思います。しかし今後は、その記録は、品質管理や品質保証などと連携を図ったものになる必要があると思います。TPP発効後のHACCP、表示の問題、検疫の問題などを考えると、記録・保存・電子帳票管理といったことがますます重要になってくると思います。