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第51回 認知症の人の感情が、唯一の真実です

2015/11/09

認知症の人は、何もわからなくなるので不幸も感じないという人がいるが、それは明らかに間違った考え方である。認知症の初期には、何かおかしいと感じて不安になったり、哀しむ人が多いし、認知症の症状が進行して、記憶保持ができず、見当識が失われた状態になっても、感情は残っているので不安な思いを持たないということはない。

当施設で暮らしている人の中にも、常に声を出している人がいるが、コミュニケーションがとれる時があって、その時に声を出す理由を聞くと、「困っている」という。何に困っているかを表現することはできないが、そこにはその人が困っているという事実が存在しているのである。その原因は、今いる場所がどこかわからなかったり、周囲の人々が誰なのかわからなかったり、今がいつで自分が誰なのかがわからなかったりという様々な理由が考えられる。僕たちにできることは、認知症の人の気持ちを推し量り、困っているという事実を受け止め、その原因を想像し、その原因を取り除く方法を模索し、具体的方法論を創造していくことだ。

決して行ってはいけないことは、「困る必要はない」とか、「困る理由がない」と、その人の感情を否定し、説得に走ることである。僕たちにとってあり得ない状況であっても、認知症の人にとってはそれが唯一の真実なのだ。そう感じているという状況を、理屈で覆したとしても、それは何の問題解決にはつながらないのである。

それでは、認知症の人は不幸なのか?と問われたとき、僕たちはどう答えれば良いのだろう。その答えは一つではないだろうが、僕ならば次のように答えるだろう。認知症になりたい人はいないだろうし、できれば認知症とは無縁に一生を終えたいと思っている人は多いだろう。しかし65歳で7人に一人、85歳で4人に一人が認知症になるという状況を考えると、それは、老いて行く過程でなり得る様態の一つにしか過ぎず、決して運悪く認知症になったということでもなく、恥ずべきことでも嘆くことでもないだろうと思う。認知症になっても周囲の人が理解的に、その状態を受容してくれれば、認知症の人は心穏やかに安心して暮らし続けることが可能となる。ただし認知症の人を蔑視して、その行動を理解せず、認知症の人の気持ちを推し量ることなく、すべてを否定的に捉えて、説得や行動制限に終始するとすれば、そこで認知症の人は不幸になって、嘆き哀しみ、困り続けるのだろう。

不幸は認知症という症状そのものが作り出すのではなく、周囲の環境が作り出すのだと思う。だから僕たちは、不幸を創りだす人にならない自覚をもって、認知症の理解に努める必要があるのだと思う。一人一人の人が困らないように、何を求めているのかを根気よく探し続ける必要があるのだと思う。

介護サービスの現場で認知症高齢者が感じていることはなんだろうか。例えばそれは、「ここはどこなのだろう、自分は何故ここにいるのだろう、どうやってここに来たのだろう。」、「ここは何で年寄りばかりなのだろう。」、「ここは病院なのか。どうして自分がこのような場所にいなければならないのか。」、「あの若い人は何故自分の名前を知っているのだろう。」、「何か薄気味悪い。どうして自分の後を、知らない人がつけてくるのだろう。」、「知らない人が、なぜ自分に話しかけてくるのだろう。」「年下の人間がなぜ自分に横柄な言葉や態度で接してくるのだろう。」ということなのかもしれない。認知症の人に対し、認知症という冠をつけず、1人の人間として、僕たちはお客様に接する態度で対応しなければ介護のプロとは言えないだろう。同時に介護のプロであれば、サービスの方法論として、様々な引き出しを持っている必要がある。そのなかで、生活リズムを整えるという引き出しも大事である。

ある方は、施設入居前から夜型の生活を続けており、入居後も昼夜逆転傾向となっており、朝食は食べないことも多く体重もBMIも減少し、日中には部屋を暗くしてベッドに横になっていることが多かった。それに対して僕たちは、朝7時に「おはようございます」とカーテンを開けて明かりをつけ、夜の10時には明かりを消すということを、毎日徹底したところ、夜間に居室から出てくる回数が次第に減り、細切れになっていた睡眠時間が改善された。さらに、午前10時からのレクリエーションに参加するなど、日中は居室から出てくることが増えてきた。こうした経験をもとに、アルツハイマー型認知症で、「入浴拒否が強く、入浴誘導時にスタッフに対する暴力行為もあること」、「飲水量が少なく、主にジュースで水分を摂っていたこと」、「日中傾眠傾向があり生活リズムが一定でない」などの課題があって、65日間入浴できていない人に対して次のような目的と対応方法を考えて実践した。

〇生活リズムをつくるため
・起床時間を同じにして毎日同じ声かけを行い、定時に散歩に誘う
・1日のスケジュールを書いた紙を渡し、本人の不安を解消し生活リズムをつくる

〇飲水量を増やすため
・薬を飲むタイミングを分け、食前食後に水を飲んでもらう

〇定期的に入浴してもらうために
・スケジュールを理解してもらい、入浴しやすい環境をつくる
・表情が穏やかなときに声かけを行うようにする

こうした取り組みを続けていくことで、入所後66日目に入浴支援ができるようになったことがきっかけで、定期的に入浴するという習慣が確立したケースもある。どちらにしても利用者の行動変容には、工夫と時間が必要なのだ。それを行う知恵と、続ける根気と、結果を導き出す決断(結果が出ないならば方法を変えるという時期の決断を含む)が求められるのである。幸いなことに当施設には、そうした工夫ができ、根気よく実践し、結果を追及するスタッフがたくさんいる。僕には、その実践を言葉や文章にして、第3者に伝えることを苦にしないという特技がある。

そう考えると、僕が全国で行っている「介護実践論」の講演とは、スタッフとの共同作業で生まれていると言っても過言ではない。そして、そうであるがゆえに、そこで伝えるケースは常に同じではなく、新しい実践例が新たに加わり、新しい分析内容が加わっていくことになる。認知症の理解に関する講演もその一つだろう。ただしこのテーマの場合には、基礎的な医学知識・脳科学の知識も少しだけ盛り込む必要があると考え、そのこともきちんとお話しするようにしている。認知症の正しい理解の上で、ケアを考えることは、「認知症ケア」ではなく、「人に対するケア」を考えることだと思う。そういう方法論を聴きたい方は、是非、声をかけていただきたい。

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