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第71回 必要な救命治療と不必要な延命医療を考える

2017/07/18

僕が講演を行うことができるテーマは複数あり、それもかなり広範囲に及んでいると思う。
(参照:masaの講演予定)http://www.akai-hana.jp/#lecture

その理由は、僕が特養・老健・居宅介護支援事業所・通所介護等で、介護支援専門員業務を含めた相談援助業務や管理業務に携わった実務経験があって、その実務に基づく方法論を言語化できているからだと思う。最近は管理職向けのテーマ依頼も増えて、「働き甲斐のある職場づくり」・「職員の離職を防ぐ取り組み」・「介護サービスの場でのストレスマネジメント」などのテーマで講演することが多くなった。また時節柄、「介護報酬改定」・「介護保険制度改正」・「地域包括ケアシステム」に関する講演依頼も多い。

その中でも「看取り介護・ターミナルケア」に関する講演依頼が目立って増えており、受講人数も増えている。うれしいことに、最近は老健の看護職員の方々の受講が増えている。僕がかねてより、老健の在宅復帰機能・中間施設としての機能と、看取り介護・ターミナルケア機能は相反するものではなく、「老健でのターミナルケア・看取りは、利用者の長期間の在宅療養支援の結果として行われるものである(27年報酬改定の要点より)」と主張してきたが、そのことが多くの老健関係者に認められつつあるのではないだろうか。現に一般型老健と在宅復帰加算型老健では、在宅復帰率が高い老健ほど、ターミナルケア加算算定率が高いし、在宅復帰率が80%を超える在宅復帰型老健においても、76%の施設でターミナルケアが行われているのである。つまりこれからの老健は、在宅復帰機能と同時に、繰り返し何度も老健を利用している利用者の、人生の最終ステージをもカバーする機能が求められてくるわけで、その機能を放棄する老健に未来はないとさえいえるわけである。

老健でターミナルケアを実践しようとする際に、事前に十分職員間のコンセンサスをとっておかないと、後々厄介となる問題がある。それは『自然死とは何か?』というコンセンサスであり、そのことに関連して、経管栄養や点滴をどう考えるのかという問題である。それは老健には医師が常勤配置されており、なおかつ過半数の老健は、看護職員の夜勤体制もあり、24時間医療行為ができる施設であるという側面があるからだ。つまり医療行為ができるだけに、可能な医療行為である点滴の実施、経管からの栄養補給について、『行わない』とする判断が難しいのである。できる行為をしないためには、「しなくても良い」あるいは「しないほうが良い」という判断基準が必要である。その根拠を看護職員が十分理解しないまま、ターミナルケアを実施すると、実施中に「経管栄養をなぜ行わないのか」、「経管栄養をしないという治療の中止は倫理上・道義上の問題ではないのか」という疑問が一部の職員に生じかねない。そうなるとその施設におけるターミナルケアは、職員の意志不統一の状態で、バラバラの考え方と思惑が交差している中で行われるという意味になり、それはターミナルケア対象者や、その家族にとって、何よりの不安要素である。そのような状態で、ターミナルケアが実施されることは防がねばならず、そのために事前の教育と意思統一は不可欠なのである。しかしながらそれは、高齢者の点滴や経管栄養を全否定するような論理であるはずがない。必要な救命治療と不必要な延命医療の線引きをどうするかという問題であって、この点が明確化され、コンセンサスを得られれば良いわけである。この部分の議論や教育は避けて通れないところであり、それをきちんとレクチャーできる講師役が内部にいない場合、講師を外部に求めなければならないこともあるわけである。

そもそも高齢者の点滴や経管栄養を、不必要な延命治療のごとく論ずるのは間違っている。脳梗塞や誤嚥性肺炎など、特定の病気を繰り返している高齢者などの場合でも、治療を試みて状態を改善させようとすることは当然であり、仮のその人が100歳であるからといって、その治療を試みないという判断があってはならない。状態改善・症状緩和につながる点滴や経管栄養は、必要な治療であり、高齢を理由にしてそれらの行為を否定することは許されない。経管栄養と一言で言っても、それはいろいろな状態が考えられ、経口摂取だけでは十分栄養改善ができない場合に、経管栄養で補う方法もあり、それは必要な対応である。場合によっては食事を経口摂取し、薬や水分のみ経管摂取しているという事例も見られる。それは必要な医療行為である。このように食事の経口摂取ができない人だけが経管栄養を行っているということではなく、高齢者の経管栄養を一律否定するような偏見はあってはならないのである。

しかし一方では、終末期で回復が期待できない状態であるにもかかわらず、点滴や経管栄養で延命を図っているケースがある。その際の点滴や経管栄養が、終末期を生きるためのQOLの改善につながるのなら必要な行為といえるだろうが、我が国の現状からいえば、決してそうではない事例が多々見られる。点滴や経管栄養により、心臓を動かし続ける時間を長くできたとしても、そのことが点滴や経管栄養を施されている人にとって、苦しみの時間を長くしているに過ぎないケースが多々あるのだ。自然死しようとする人の死を阻害することは、そのまま苦痛を引き延ばすことではないのだろうか。二人の医師の言葉がそれを表している。

・老衰の終末期を迎えた体は、水分や栄養をもはや必要としません。無理に与えることは負担をかけるだけです。苦しめるだけです。(石飛幸三医師著:「平穏死のすすめ」講談社)

・点滴注射の中身はブドウ糖がわずかに入った、スポーツドリンクより薄いミネラルウォーターです。「水だけ与えるから、自分の体を溶かしながら生きろ」というのは、あまりに残酷というものではないでしょうか。(中村仁一医師著:「大往生したけりゃ医療とかかわるな」・幻冬舎新書)

特養や老健で、自然死を阻害する点滴により、足がパンパンに腫れた状態で寝かされている人に、QOLは存在するのだろうか。それは必要な治療行為といえるのだろうか。経管栄養にしても、それによってQOLが改善できるのであればよいが、苦痛や不快感を増す経管栄養がそこかしこに存在する。そもそも経管栄養によって、すべての対象者の機能状態や生命予後が改善されるというのは神話の世界で、機能状態や生命予後の改善は末期の状況では期待できない。それは自然死を阻害し、苦しみを増す行為にしか過ぎなくなる。療養病床の一室で、経管栄養によって命をつないでいる人が、痰がつまらないように気管切開され、チューブが入っている状態を想像してほしい。それらの人たちは、意思疎通もできず、起きているのか眠っているのかもわからない状態で、日がな一日ベッド上で寝て過ごしている。しかしそれらの人が、1日数回の気管チューブから痰の吸引のたびに、体を震わせて苦しんでいるのだ。これが生きるということなのだろうか。ここに過度な延命行為は存在しないのだろうか。これが世界一の長寿国・日本の姿である。この陰の部分を見直す必要があるのではないだろうか。

例えばアルツハイマー型認知症の方の、晩期の摂食障害をどう考えたらよいだろうか。アルツハイマー型認知症の症状のひとつとして、脳細胞が減って、口や喉の筋肉の動きをコントロールできなくなるためむせやすくなるという症状がみられる。そうなった場合、一時的には食事形態を工夫することでむせないで食べることができるが、しかし症状は確実に進行し、再びむせるようになる。そして口を開けなくなったり、咀嚼せず、いつまでも口の中に食べ物をためたりするようになる。舌の上で食べものをもてあそび、いつまでも呑みこまない人がいる。この場合は経管栄養とする以外、栄養摂取できる方法はなくなる。しかしその状態で経管栄養を施し、年単位で命をつなぐことができたとしても、果たしてそれが求められていることなのであろうか?この状態は、体が食べ物を必要としなくなっている状態といえるのではないだろうか。終末期の選択肢のひとつといえないだろうか。

そうではないとして、もはや口から栄養摂取ができなくなったアルツハイマー型認知症の人に胃瘻を増設した場合に、「胃ろうカテーテル」(カテーテル=管、チューブ)を抜いてしまうことが多い。その行為は、胃壁内部を損傷させ命にかかわる場合があるとして、身体拘束禁止の例外に当たるとして、一時的と称され手をベッド柵に縛られてしまう。その状態が嫌だともがき苦しんでいる認知症の人が全国に何万人いるだろう。しかしその行為は、胃瘻を造り、そこに差し込まれたカテーテルの違和感を我慢できないという理由によるものだ。その違和感の元凶である胃瘻から栄養を注ぎ続けるために、手足を縛られる人の苦しみが増すことはやむを得ないことと無視されてよいのだろうか。そもそもその胃瘻は、必要だったのだろうか。自分にその状態を置き換えたとき、そうまでして自然死を阻害し、命を永らえることをあなたは望むだろうか。それを望む人は決して多くはないだろう。そうした観点から、介護施設や在宅で、看取り介護やターミナルケアに関わる関係者が、「自然死を阻害しない」・「不必要な延命行為は、ターミナルケアの対極にある」ということを理解し、チームでコンセンサスを交わしたうえで、看取り介護・ターミナルケアに関わる必要があるのだと思う。

老健でターミナルケアに取り組む際には、医師を巻き込んで、看護チーム全体が、こうした視点から点滴と経管栄養のあり方を確認しあうところから始めないと、大きな混乱につながる恐れがあるので、くれぐれもご注意願いたい。

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