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第271回 ソフトウェア製作者の匿名性の是非

2012/04/02

筆者の大学時代の同級生たちが東京大学の教授定年規定に達して、今年は次々に退任している。少しずつ定年の年齢が上がって来ていて、昭和22年から23年早生まれの年代は64歳になった。そのうちの一人、玉井哲雄教授が退官となるのを記念して「ソフトウェア社会の行方」と題するパネル討論会がソフトウェア工学会の主催で開かれて、筆者もパネリストとして参加した。パネル討論のテーマは1月に玉井教授が岩波書店から出版した著書の題名からとった。

討論の進行の中で、なぜソフトウェア業界に優秀な若者が集まらないか、あるいはソフトウェアミスが起こるのをどのように防ぐか、という設問が投げられた。筆者は、ソフトウェア製作者の「無名性」を一つの理由に挙げた。映画やテレビ番組では、関係した人の名前がエンディングに長々と現れてくる。そこに名前があることで、制作に携わった人たちは誇りをもち、仕事への情熱と責任感が生まれる。

現代ではコンビニやスーパーによってはレジ係の名前がレシートに打たれているし、ホテルのベッドサイドには、ベッドメークした担当者の名前入りメッセージが置いてある。皆、誇りをもち、責任を自覚して、名前を名乗っているのだが、ソフトウェア技術者は、そういう習慣に乏しい。プログラム作成の際には、名前を記述するスペースがあるのに、多くは名前を書かないし、ニックネームで書く人もいるそうだ。無名ではないにしても、「匿名」では、責任は生まれにくいだろう。

しかし、会場の反応は否定的な人が多かった。オープンソフトなど、多数の人間の共同作業もあるので、1人の名前を書くのはいかがなものか、と猛烈に反論する方もいた。オープンソフトに限らず、多くの作業はチームワークなので、1人を特定できないし、それを自分の仕事と言い張るのはおかしい、と反発する意見も聞こえた。もちろん、署名入りに賛成する会場の声もあったが、概ね、皆さんは「無名性」あるいは「匿名性」を推しているようだった。

筆者の私見では、この傾向は残念である。工場の製造現場でも、どの作業をだれが行ったかは、記録されてトレースできるようになっている。情報システムがあるので簡単に記録でき、保管できる。自分の名前で仕事が評価される、という基礎が、こうして形成されつつあるのに、ソフトウェア制作技術者だけが、集団の中に隠れてしまう。あえて言えば、無責任体制の中で安住してしまう、ということにならないだろうか。長年、署名入りで新聞記事を書き、時には、読者からの激しい反論にもさらされてきた筆者からすると、仕事が集団の共同責任=共同無責任の方向に流れがちの現在の「無名性」「匿名性」はソフトウェア産業の発展のためには良くないのでは、という気がする。

筆者のような考え方が、いつか多数派になることを期待しているが、どうも難しそうである。

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