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第303回 やっと始まったネット選挙

2013/07/08

昨年末の衆議院選後、政権を取った政府・与党が約束した「ネット選挙運動の解禁」が実現し、今回の参議院選からインターネットでの選挙活動が認められることになった。といっても、まだ、どんな不都合が生じるかわからないので、「完全解禁」とはいかず、用心深く、あちらこちらに制約のある「条件付き解禁」だが、「ゼロ」から一歩とはいえ、前に踏み出したことは歴史に記録されるできごとである。

海外諸国では当たり前のインターネットによる選挙活動が、なぜ、日本では長い間、認められなかったか。立候補者の経済力の差が「不公平」をもたらさないために、日本の選挙制度で工夫した点が、時代が大きく変化したのについてゆけなかった、というのが表面上の理由である。経済力がある候補者が多数のポスターを街中に張りめぐらせ、投票を促す郵便物を大量に送付することで、経済力のない候補者に差をつければ、経済力によって候補者間に不公平が生じる。従って、使用するポスターや郵便物の上限を決めて、厳しく選挙管理当局が管理する、というルールができた。

しかし、インターネットを利用したブログやメールはポスターや郵便物を無数にコピーすることになるので、ポスターや郵便物の制約を無意味にしてしまう、ということである。確かにそうなのだが、実は、ブログやメールのコストは紙のポスターや郵便物の送付に比べれば、格段に安い。経済力による格差は出ないので、ポスターや郵便物の上限を無意味にするが、当初の目標である「公平」は、ブログやメールの使用によって、むしろ実現するのである。その目的を忘れて、ポスターや郵便物の量の制限という「方法」だけを墨守してきたのである。時代の変化に制度が対応できなかった典型例である。

もう一つの理由は、こちらの方が本当の理由かもしれないが、高齢の政治家が多かった数年前まで、実力政治家には、インターネットが理解できなかったことだ。新しい道具へのアレルギーが強く、自分たちが不利になるという本能的拒否反応が支配したことだろう。

そうした政治家が、数回にわたる激しい選挙の中で次々にふるい落とされて、政治の世界から消えて行った。つまり、インターネットを使いこなせる世代へと、政治の中心が移行した、ということである。

良く考えてみると、日本社会の情報化の進展のもっともよくあるパターンではないか。企業であれ、行政組織であれ、組織のトップたちが情報化にアレルギーを持っているために、電子化が進まない。行政の電子化の遅れ、医療分野の電子化の遅れなどが指摘されるが、こういう分野では、情報技術に親しまないベテランたちがいつまでも組織の上に立っているのではないか。ネット選挙の解禁の機に臨んで、もう一度、日本の情報化の遅れている分野に思いをいたすべきではないか。

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