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第363回 世界に取り残されるサイバーセキュリティ

2015/10/26

「サイバーセキュリティと国際政治」の著書で話題の国際政治学者、土屋大洋慶應大学教授からサイバーセキュリティの最近の動向について意見を聞く機会があった。

かつて国際大学(グローコム)で机を並べたことのある土屋教授とは、2001年、サンフランシスコに一緒に調査旅行中、9.11同時多発テロに遭遇した。当時、宿泊していたサンフランシスコのヒルトンホテル・タワーもテロの標的の一つになっているということで、部屋を移され、極度に緊張した経験を共にした。土屋教授の危機意識は研ぎ澄まされているので、今回も多くの知見を頂戴した。その中で最も深刻に感じたのは「サイバー戦争」の危機感について、日本と海外では極めて大きな温度差がある、ということである。

2012年のロンドン五輪では関係機関に2億回のサイバー攻撃が行われ、開会式の際は電気が止まって、一時、コンピューターが使えなくなったと言われる。手作業でシステムや電気を維持し、表向きは何事もなかったように式を進行させることができたと聞いている。ぎりぎりの攻防戦だったようだ。その英国のサイバー攻撃の防衛は「サイバーテロ」についてネットワークを流れる情報の分析を通じて強化された、と土屋教授は指摘した。

その情報の分析は、米国情報機関のスノーデン元職員の暴露で明らかになったように米国情報機関による通信傍受に依拠している。米国ではプライバシー侵害だと情報機関に抗議する市民運動が起きているが、当局は「米国市民の通信傍受ではなく、外国からの通信の傍受なので米国市民の権利を侵していない」と、あくまでもテロ対策であることを強調している。そうした通信傍受がロンドン五輪のサイバー攻撃のダメージを軽減したらしい。

プライバシーをある程度犠牲にしなければセキュリティは維持できない、というのが教訓である。しかし、日本でこういう議論が起これば、恐らく「プライバシー」派が勝つだろう。セキュリティのための通信傍受はおそろしく制約を受けることが容易に想像できる。このことがサイバー攻撃を仕掛ける側の動きについて情報把握が十分にできず、サイバー防衛は極めて難しくなる。

特にアイルランドの爆弾テロと闘い、ネット戦争ではロンドン五輪をぎりぎりで乗り切ったイギリスでは、考え方ははっきりしているそうだ。「日本ではプライバシーかセキュリティか、どちらが優先か議論している」と現状を紹介すると、「セキュリティに決まっているだろう」と一蹴されるそうだ。サイバー攻撃や物理的爆弾テロで社会の安全が脅かされているのが世界の現実。セキュリティによって、最も重要なプライバシーである人命や財産が守られるのであって、議論しているプライバシーのレベルが違う、というのである。

マイナンバー導入でのプライバシーの議論も、どうもレベルが違う見当はずれのところに焦点が当たっているのではないか。サイバーセキュリティの問題では世界に取り残されている。そんな気がしてくる。世界の現実はもっと深刻である。この程度のサイバーセキュリティへの危機意識では、東京五輪のサイバーセキュリティが心配になる。

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