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第50回 首相の特養整備方針を、社会保障政策と勘違いしてはならない

2015/10/13

現首相が介護について語る機会は非常に少なく、社会保障政策を自ら語ることも少ないように思え、社会福祉に関心は薄いのだろうなと感じている。そんな首相が9/24(木)に記者会見を行い、「新三本の矢」として「強い経済」・「子育て支援」・「社会保障」を掲げ、特別養護老人ホームを整備する方針を打ち出している。以下に読売新聞のネット配信ニュースを転載させていただく。

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「介護離職ゼロ」目指し、特養増設・待機解消へ(読売新聞 9月24日(木)3時6分配信)

 安倍首相は、先の自民党総裁選の公約で掲げた「介護離職ゼロ」の実現に向け、特別養護老人ホーム(特養)の大幅な整備に乗り出す方針を固めた。
 全面的に介護が必要な入所待機者を、2020年代初めまでに解消することを目標に掲げ、16年度当初予算から特養の整備費用を拡充する。24日の記者会見で、社会保障制度改革の最重要施策として表明する。
 首相の記者会見を踏まえ、政府は、少子高齢化や、労働力人口の減少を食い止める策の検討に向け、経済界や労働界などでつくる「国民会議」を創設する。
 特養の入所待機者は、13年度で全国に約52万人いる。このうち、身の回りの世話が一人ではできず、自宅で待機している「要介護3」以上の約15万人をゼロにすることを目標とする。
 特養を増やす具体策として、政府は、消費増税分を原資とする「地域医療介護総合確保基金」(15年度の介護分で724億円)を財源として活用する。社会保障の財源としては将来、家庭に眠っているタンス預金を掘り起こすことが期待される「無利子非課税国債」の発行が検討される可能性がある。
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(転載以上)

少しひねくれた分析をさせていただく。アベノミクスの恩恵を、少子化対策や高齢者介護対策にも回すという考え方は良しとしよう。後期高齢者数が増えることに対応して、特養の整備が必要であるという考え方も理解できる。しかしこのことは、社会保障政策というよりも、労働問題が絡んだ経済政策という意味合いが強いのだろう。つまり人手不足社会の中で、介護離職によって労働力を失うことによって、経済成長の足かせになっては困るという視点からの政策であり、安部首相自身が介護問題に関心を寄せてきたということではないのだろうと思われる。社会保障という言葉が入っているからと言って、首相がそれに力を入れようとする政策ではないと思えるのだ。なぜなら社会保障の充実という視点から介護問題を考えるのならば、当然「介護離職」より、「介護職員の離職」のほうが先に考えられなければならないし、特養を増やすという政策と一体的に、人材確保をどうするのかという政策が具体化しなければならないからだ。いやむしろ同時一体的では遅く、特養整備の前にしっかり人材確保対策を行うということであってしかるべきである。

そう考えると「介護離職」の解決のための特養の数的整備方針の実態は、経済政策でしかないことがよくわかるだろう。それだけ全産業で人手不足感は増しており、経済成長の最大のリスクになっているのである。要するに安部首相個人は相変わらず、「介護」には全く関心も興味もないことに変わりはなく、介護関係者が、「それでは日本の介護はよくならない」、「誰が施設介護を担うんだ」と言っても、馬の耳に念仏でしかない。労働力の確保のために、要介護者を入れる箱を創るというだけの考えしかなく、社会保障をどうのこうのと論ずる気はさらさらないと思えるからだ。

ところで仮に「自宅で特養待機している15万人をゼロにする」ために、全国で15万床の特養を整備するとして、3:1の職員配置では、要介護3以上の人を現実的にケアするのは困難で、実際には2:1程度の看護・介護職員配置が必要であると考えたときに、新たに必要となる介護職員は7万人以上となる。2020年は介護保険創設から20年となるのだから、制度創設時から数年間でほぼ倍となった介護職員数であるがゆえに、当時40代で介護職を始めた人々の退職時期とも重なり、その数の補充ができ、さらに特養だけで7万人以上の介護職員の確保ができるのかという問題がある。このことに関していえば、多くの介護関係者は、現状の介護報酬が続き、職場環境が大きく変わらない状況では、「無理だ」と答えるであろう。つまり整備費用として建設補助金を優遇して特養が建てられても、ケアする職員がいないために、利用者受け入れができないという、「空箱」を全国に建設するという結果にしかならないのではないか。

施設の数とベッド数が増えるから、あらゆる方策を使って人をかき集めようとしても、そこに集まってくるのは、数合わせの「人員」が多くを占め、求められる人材は一握りでしかなくなり、結果として教育しても成長しないスキルの低い人員がはびこることで、優秀な人材の方が先にバーンアウトして、さらに人材枯渇が進行するという悪循環も生ずるだろう。特養整備対策は、経済政策として考えられているから、この部分への具体策は今のところ何もないというのが現状である。ということで特養整備策は、介護問題の本質を解決するものにはならないし、介護業界が求めるものとも違った形であることは間違いない。そして経済政策の質としてもあまり評価できるレベルではないかもしれないが、そのことは十分承知したうえで、考えの深くない国民が、この経済政策を、社会保障の充実と勘違いしてくれるならば、福祉・介護に関心がない首相というイメージを払拭して、経済にも明るく福祉の充実にも尽力している内閣として支持率が上がるという、「あわよくば」という思惑はあるのかもしれない。

ただこうした方針を明らかにしたことによって、首相の頭の片隅に、「特養は整備が必要な施設」であることが印象付けられたとしたならば意味があるのかもしれない。「特養の内部留保議論」の中で、あたかも特養がもうけ過ぎで必要悪であるかのように語られたことと比較すると、「いらない施設ではない」という認識を持たれたとしたら、特養関係者にはよりましな状況といえるだろう。そして整備が必要な施設なのだから、介護報酬も闇雲に下げるだけが能ではないと考えてくれるとしたら、そのことに別の意味があるのかもしれない。この政策に期待を持てる部分があるとしたら、それだけでしかないと思う。

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