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第6回 特養の内部留保批判に応える

2012/01/23

厚労省は、2011年3月末の段階での特養1,087施設の貸借対照表を分析し、その結果、内部留保の平均は一施設当たり3億782万円1000円となったと公表した。これは「政策事業仕分け」で指摘された、「職員の待遇改善は2兆円の内部留保で対応すべきであり、交付金や介護報酬で見るべきではない。」という指摘に繋がっている問題である。そして「有識者」を名乗る人々が批判のアドバルーンを挙げている。

しかしこの内部留保とは、そもそも経営者が懐に貯めこむお金ではない。施設長報酬や役員報酬として搾取しているわけではなく、事業経営のための繰越金としてストックしているものだ。つまり内部留保を批判する人々は、それが社会福祉法人の非課税特権等から生ずる超過利益であるという論理を組み立てているものだが、そうであるならなぜそれは経営者や役員に報酬として支払われずに、内部に留保されているかについて検証し、それが超過利益であることを証明せねばならない。しかし批判者は、このことを検証して論じていない。

内部留保とは、介護給付費で運営する施設の年度収支において、収入が支出を上回った際に生ずる収益分を翌年度に繰り越して留保しているものだ。それは介護施設などの箱物には、定期的に修繕費や施設の建て替え費用などが必要になるから、このために繰り越すことを認められた費用である。

にもかかわらず、「施設を建てる際、施設整備費という補助金があり、建物の建設費の約半分の費用を自治体が公費(税金)で補助する制度となっている(2005年以前には、建設費の3/4が補助されていた)。残りの建設費も、厚労省の独立行政法人である福祉医療機構が、きわめて低利で貸付をしてくれる」と批判している。

7年も前の補助率を持ちだしても意味がない。今現在3/4も補助してくれる仕組みがどこに存在するのだ?現在の補助金は建設費率に対する補助ではなく、利用定員に応じた定額補助金だ。建設コストがいくら高額になっても補助される額は定額である。しかも建設資材の高騰でそのコストは年々引き上げられている。定額補助金は現在建設費の3割程度の額にしかならないが、その比率も年々下がっているのである。そして備品等への補助はない。しかも福祉医療機構の低利貸付も、低利であっても利息をつけて返さねばならない費用だ。それは施設の建て替えや、修繕を行う前の運営費に上乗せして支出する費用であり、その支出を行っていない時期に、そのための費用を繰越金として残しておかずに、どうして施設運営が安定的にできるのだ?マイホームを建てるときだって、自己資金一切なしで住宅金融公庫から全額借入では返済できない人が多いだろう。建て替えのための自己資金を繰り越すことを否定するのは施設運営を知らない素人の荒唐無稽な論理である。

批判者は『介護のサービス費用である「介護報酬」には、法律上、施設の整備代が上乗せされて含まれているのである。つまり、介護保険制度は、「建物の建設費は、介護報酬から回収しなさい」という制度に、そもそもなっているのである。』と指摘しながら同時に『介護報酬の状況は、特別養護老人ホームの場合も全く同じである。つまり、特別養護老人ホームを経営する社会福祉法人は、将来の建設費のために、内部留保を貯める理由など、ほとんど存在しないのである。』と述べている。

これは論理の矛盾だ。つまり「介護報酬には法律上、施設の整備代が上乗せされて含まれている」のであるから、建設費は繰り越しておきなさいという意味であり、内部留保がある程度ないと修繕も新規建設もできなくなるので、事業経営は単年度の中だけで考えたら駄目という意味になる。「建物の建設費は、介護報酬から回収しなさい」の意味は、事業経営年数が短くて人件費支出が少ないうちに計画的に建設費等の資金を繰り越しておかないと将来的に事業経営が成り立たないという意味である。そもそも繰越金をなくてし、毎年収支トントンの運営をしていたら、施設を建て替える時に、同じ介護給付費の額から、別途建設費を絞り出すなんてことはできないのは小学生でもわかる理屈だ。その際に前述したように補助金額は批判者が批判しているような状況ではなく、内部留保充当を一切しないで、借入金のみで対応するとしたら、その金額はかなり大きなものになり、相当長期の返済計画を立てても、その間の運営費は非常に厳しいものになる。そもそも施設の建て替えが必要な事業所とは、事業年数が長い事業所という意味だから、人件費比率がかなり高くなっていることが予測される。そういう時期に借入金返済充当する資金を運営資金から絞り出すのは困難だから、事業経営年数が短く人件費比率の低い間に資金を繰り越しておくというのが内部留保の意味である。

また介護報酬は3年間同じ額なのだから、3年間の当初年で、収入と支出の収支が均衡してしまえば、2年目以降は定期昇給すらできなくなる。しかも現在の国策では健康保険と年金保険料の事業主負担が毎年増えており、事業経営者は、この法定福利費用支出の引き上げ額に対応した収支バランスを考えねばならず、90人程度の従業者を抱える事業者なら、その額は毎年500万程度にあたるもので、3年の当初年にはどうしても最低一千万以上の繰越金を出さねばならない。批判者はこうした状況をわかっているのか?

しかも介護報酬は、改定のたびに引き上げられるわけではなく、事実過去の改定では引き下げが2回、引き上げがわずか1回である。2000年の介護保険制度施行時より介護報酬は低く抑えられているのだから、3年目で収支均衡してしまった場合、翌年の報酬改定で上がらなかった分や、下げられた分は、そのまま事業赤字になる。こんなリスクを背負わないために、繰越金は少なくとも3年目も出さねばならず、その総額が留保されているに過ぎない。しかしそれとて事業経営年数の長い当施設などは、ほとんど繰り越せないのが実情だ。

介護報酬は経営年数に関係のない額なのだから、事業経営年数が長くなり、人材を教育しながら、職員が辞めない良い環境を作っていけば、必然的に人件費比率は高くなる。繰越金があたかも施設整備費にしか使われることのない費用だと論ずる向きがあるが、実際には経営年数が短く、職員給与が低い時期に将来増えると予測できる人件費分として繰り越しているという意味があるのだ。事実として事業年数が長く、人件費比率の高い事業者は、事業年数が短かった頃の繰越金を取り崩して職員の定期昇給分等を確保しているのである。つまり繰越金は実際に職員給与支出に使われているのだ。そういう意味では、一施設平均額など意味がなく、実はその差は事業経営年数で差があるし、それは必要なことなのだという理解が必要である。

そもそも介護給付費は2ケ月遅れで支払われる(例えば12月分の給付費は1月に請求し、実際に支払われるのは2月になるという意味)のだから、この間の2月の運営資金は繰越金から充当せねばならず、その額は100人定員の施設では約6.000万円程度は必要だろう。つまり現在会計区分上は、「内部留保」とされるものには、この運転資金も含まれており、実際に運営に使わなくてもよい内部留保などもっと少なくなるのである。事業経営を行ったことがない人々は、この人件費支出構造と繰越金の関係に対する考察はほとんどしていないし、ましてや繰越金の一部は実際に運営資金が含まれていることには何も言及がない。おそらくそんなことはまったく知らないのだろう。無知の非難である。

ここで今、内部留保を全部吐き出してしまえば、2ケ月先にしか支払われない介護給付費に替る運転資金を手当てしてくれるのか?その後の職員給与支出をきちんと介護給付費で手当てしてくれる保障があるとでも言うのか?それがない限り、近い将来には介護施設のほとんどの経営が成り立たずに倒産せねばならない。その時、利用者は誰が面倒を見るのか?そういう意味で批判者の意見はまったく見当はずれである。内部留保が問題と言うなら、資金留保しなくとも施設を安定して経営できる介護給付費システムを作らねばならない。事業運営年数に応じた給付額の自動引き上げシステムを組み込まねばならない。

そういう意味では「内部留保」という言葉自体が不適切だ。それは10年、20年単位でみれば、高騰する人件費への手当や、施設等の建て替え費用とし充当する形で社会会に還元される費用である。だからその昔「剰余金」と言っていたこの資金を「繰越金」に変えたではないか。そしてその意味は、法人や経営者が懐に入れて個人資産にするものではなく、社会に還元しながら事業経営を安定的に継続する費用なのである。

内部留保が問題と言うなら、資金留保しなくとも施設を安定して経営できる介護給付費システムを作らねばならない。事業運営年数に応じた給付額の自動引き上げシステムを組み込まねばならない。そもそも内部留保が悪のように批判する人間は、それを出さないために役員報酬や施設長報酬を臨時に出し、留保せずに搾取する方が良いとでも考えているんだろうか?特養の内部留保の一番の要因は、他の介護保険施設に比べて施設長の平均年収が極めて低いという要因もあることを無視した議論はできない。

このことを特養が会員となっている全国老施協などは強く主張すべきである。そうしないと特養がその非課税特権などを利用して超過利益を得ていると誤解されてしまう。

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