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第7回 見えない経営戦略

2012/02/20

1月25日の社保審・介護給付費分科会では、平成24年度介護報酬改定に係る諮問・答申が行われた。そこで示された介護報酬の新単価をみて、4月以降の事業経営に頭を悩ませている人が多いだろう。

しかし新聞報道等では「まやかしのプラス改定」が連日報道され、あたかも介護サービス事業者の収入がアップするかのような印象を世間に与えている。処遇改善交付金の2%分を含んでなお1.2パーセントしかアップしていない現実は、実質マイナス改定であり、特に施設サービスは、その分を含んでもなお0.2%プラスなのだから、実際には大幅減収である。居宅サービスにしても、プラス分はほとんど新サービス(定期巡回・随時対応型訪問介護看護と複合型サービス)に費用が回されているのだから、既存の他のサービスは、事業種類によっては大幅なマイナス改定である。このことを正確に伝えないマスメディアの在り方は、強く批判されるべきである。

例えば居宅サービスの中では、昨年の経営実態調査で収益率が最も高かった通所介護については、一番事業所数の多い6時間以上7時間未満のサービスで6-8区分を算定している事業者を狙い撃ちにして、時間区分を7-9に変更している。国はこの理由を長時間のレスパイトケアニーズに対応するためだとしているが、そうであれば単純に延長加算対象時間を増やせばよいだけの話である。現在、6-8事業所は全体の85%を占めているのだから、その中でサービス提供時間が7時間に満たない事業者は、現行の4-6に当たる5-7区分を算定しなければならないことになることを考えると、この時間区分変更は大幅な給付費削減を狙ったとしか思えない。同じ通所サービスである「通所リハビリ」の時間区分が変更されていないことからみても、この時間区分変更は、理由を後付けにした給付抑制策であることは見え見えである。

このような厳しい状況で、定期昇給を含めた職員給与を守るのは至難の業だ。本来は職員を減らして、人件費を削減するなんて言う経営戦略は下の下だが、やむを得ずそうせざるを得ない事業者も多いだろう。

僕の所属する法人は、居宅介護支援事業所と通所介護を併設した特養を母体施設とする社会福祉法人である。居宅介護支援費は基本サービス費の変更はなく、加算報酬だけが変更になっている。これによってわずかに加算算定が増えるケースもあるが、特定事業所加算を算定していない、ケアマネ一人配置の当事業所にとっては、それは経営上何の意味もない額である。それより予防サービス計画の受託制限8件が撤廃されたことにより、それをどう考えるかの方が問題である。40ケースを超える居宅介護支援費の「逓減報酬」の算定ルールは、予防プランを前に置いて数を数え、40件を超えた介護プランから逓減報酬になるルールだから、このルールが変更されない限り、予防プラン委託を増やすことによって、逆に収入が減ってしまう現象も起こり得るので予防プラン受託数を増やすことにはならない。そもそも予防の件数を増やしたところで、それで得られる報酬額もわずかであり、経営的には意味のないものだろう。

通所介護について、介護予防の報酬単価が削られたことは痛いが、当事業所に関して言えば、サービス提供時間5時間30分で、4-6を算定していた為、時間区分変更により、4月以降は5-7を算定できる。このため実質収入増を見込むことができる。また現行の個別機能訓練加算Iが報酬包括され(本当に包括されたのかと疑問が残る額ではあるが)、現行の常勤の機能訓練指導員を廃止するIIがIになっているため、この加算は算定できない。しかし新しい個別機能訓練加算IIは、機能訓練指導員の常勤要件がない。そして算定要件は「機能訓練指導員、看護職員、介護職員、生活相談員その他の職種の者が共同して、利用者の生活機能向上に資するよう利用者ごとの心身の状況を重視した個別機能訓練計画を作成していること。」「個別機能訓練計画に基づき、利用者の生活機能向上を目的とする機能訓練の項目を準備し、理学療法士等が、利用者の心身の状況に応じた機能訓練を適切に行っていること。」となっており、この生活機能向上を目的とする機能訓練の項目を設定し、計画に沿った訓練を機能訓練指導員が1対1の対応を含めて行っている利用者に対して50単位の個別機能訓練加算(U)が算定できることになる。つまり現在、個別機能訓練加算Iの算定事業所は、利用者全員に27単位の個別機能訓練加算Iは算定できないものの、個別の実施状況で、利用日の対象者に50単位を算定可能になる。これによって多少収入増が見込まれるかもしれない。

しかし深刻なのは特養である。当施設は既存型の特養で、それも大幅に報酬が減額された多床室が中心の古い施設だから、年額で800万円程度の減収見込みである。こういう古いタイプの施設は、当然のことながら経営年数が長い=職員の勤続年数が長い施設だから、人件費割合も高くなっており、今でさえ繰越金はそんなに出ていないのに、来年度以降は大変である。今後新設される特養について、多床室のある既存型特養を建設するという選択肢は事実上なくなったと言える。

特養の内部留保に批判が向けられているが、それが決して超過利益ではないことは、本年1月1日付のこの連載記事で示した通りである。職員が辞めない職場環境を目指して、勤続年数の長い職員が多くなり、人件費率が高くなっている当施設などは、過去の内部留保を取り崩さないと運営が難しくなる。内部留保と言われる繰越金は超過収益でもなく、誰かが搾取している費用でもなく、人件費支出や運営費支出にも使われる費用だということをもっと明らかにせねばならない。

特養の費用単価をみると、基本サービス費が下がった分を補うことができる加算報酬も存在せず、ほぼすべての特養はマイナスベースで来年度予算を組まねばならない。正規職員を増やすことは不可能だろう。全体的に見て非正規職員比率は上がることがあっても、下がる要素はないが、しかしこうした職場に好んで就業しようとしてくれる人材はいないだろう。非正規職員も募集に応募がなく、人手不足は益々深刻化するだろう。だが人手不足が、逆に人件費支出を抑えて、収支改善に繋がるという変な状況も生まれる可能性がある。しかしそこでは人手の足りない現場で、職員がフルスロットルで頑張り、やがてバーンアウトし、ますます人手が足りない状況を生むだろう。そのため介護サービスの質などと言っていられない深刻な状況が生まれて、利用者の生存権とは、ただ単にベッドの上で命を永らえるだけという結果に繋がる恐れが強い。間違いなくサービスの質が低下する介護現場が増えるだろう。これはこの国の政治と官僚機構が作りだす必然の結果である。

営業努力を行い収益を挙げれば、介護給付費を下げられる理由にされる。良いサービスを行ってもその報酬評価はされない。2000年に介護保険制度が誕生した際の報酬が一番高く、新年度の報酬はそれと比して大幅にダウンしているのに、職員の給与を挙げ続けろという無体な要求をされる。そんな状態では経営うつになる介護サービスのトップが増えるのは間違いない。

この状況を打破する決定打は、現実世界には存在していないのではないだろうか。

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