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第34回 ご入居者はモルモットではないという叫び

2014/06/09

全国老施協の主催する介護力向上講習会では、「水が細胞を活性化させ、身体と精神の両面を活性化させ、覚醒水準をあげ、尿意や便意を知覚することにつながる」等を理由に挙げて、食事以外に1日に1,500mlの水分摂取を促している。胃瘻の場合はその量を2,200mlに設定している。

しかし個別のアセスメントに基づかずに、水分の摂取量の下限を一律に決めることは問題があるのではないかという疑問が生ずる。さらに最大の疑問は、食事以外に1日1,500mlという水分量は、そもそも多すぎるのではないかという疑問である。必要とされる水分量とはどの程度なのかということを、どういうふうに考えるべきかを示しておきたい。

1.人が1日に排出する水分は、汗・・・100ml、尿や便・・・1,500ml、不感蒸泄・・・900ml(ただし高齢者の場合は、これより少ない可能性が高い)と考えられる。
2.したがって脱水を防ぐ適切な水分摂取量とは、排出される量を摂取するということ。
3.そうであればここでは食事に含まれる水分摂取量は無視できない。
4.1日の摂取量の内訳としては、食物中の水1,000mL〜1,200mLと体内での代謝水200mL として、飲料水はせいぜい1,100〜1,300mLというところではないのか。1,500mlというのは、何らかの理由で食事摂取が少ない人など、ごく限られた人しか考えにくい。
5.水分を取りすぎても、尿となって体外排出されるだけで問題はなく、むしろトイレで排泄する機会を増やすという考え方は間違っている。
6.水分をとり過ぎると、心不全、肺水腫、高血圧などをおこし、心臓・肺・血管といった、生きていくうえで最も重要な臓器に大きな障害を与える危険性が大きい。

現に特養入所者で、意識不明状態で医療機関に搬送された人が検査の結果、低ナトリウム血症を起こしていたケースでは、胃瘻の人で1日2,000mlの水分補給をされていたことが水分過多の原因であったケースが報告されている。この施設が介護力向上講習会受講施設かどうかは不明であるが、胃瘻で2,000mlでもこのような発症例があるのだ。個別のアセスメントがない一律な水分摂取量の決定の危険性について、介護力向上講習会はどの程度把握しているのか。

講演で全国を回っていると、この講習会の指導教授の影響力というものはすごいなあと実感する。行く場所行く場所で、その理論のままに水分摂取1,500mlを実践している施設が数多くある。しかも僕が指摘した疑問を全く抱かずに水分摂取を実施している。その中には、おむつをしないでトイレで排泄するためという目的を第一に考えて水分摂取を基本方針としている施設もあった。なるほど食事以外に1日1,500mlもの水分摂取を行えば、尿量は増えるから、トイレ誘導すればそこで排泄できる機会は増え、日中に集中的にそれを行えば、夜間の排泄は少なくなるから、それだけを目的として排泄介助の回数を増やせばおむつを外すことは可能になるだろう。しかしその時の内臓ダメージは、きちんと考えられているのか?

そもそも高齢者が脱水になりやすいのは、体細胞が減少しているため細胞内液量が足りなくなるためであり、1日に必要な水分量を摂取したとしても、一時期に大量の水分を摂取したのでは、細胞内にたまらない水分はすべて体外に排出され、脱水予防にはならない。余分な水分を尿として排出するときにトイレ介助すれば、トイレでの排泄という目的は達せられる。しかし過剰な水分摂取は脱水を防ぐどころか、内臓を痛める一番の危険要素である。しかもトイレ誘導が第一と考えている施設では、水を飲みたがらない高齢者に、無理やり水を飲ませていたりして、その時の利用者の表情は苦しそうなしかめっ面である。いやいや水を飲まされ苦しいから、覚醒状況が上がるのかもしれない。1.500mlという量を守るために、あらかじめ大きめのシールコップなどに水を入れて、それを1日かけて飲ませていたりする。シールコップの中で温くなったまずい水を飲まなければ、1日を過ごせない高齢者が強制的に作り出されているというわけである。おむつさえ外せば、それですべてが許されるというのか?これが介護力の向上と言えるのだろうか?本末転倒ではないのだろうか。

ところで、まさに僕が心配したようなことが起こっているというのである。介護力向上講習の参加施設で、その方針の実施施設の職員が、僕のブログ記事にコメントを書いてくれているが、そのコメントを以下に転載させていただく。

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実はその理論に洗脳?!され同法人内の特養施設で『1500cc死守!食事よりも水分!』『オムツは外す。5分前にトイレに行ってもタラタラと出てしまう人でも、尿意、便意がない人でもパッドはつけない!』と施設ケアマネと介護主任がやらせています。
結果!心不全で、不整脈者、全身浮腫者続出で病院送りです。
さすがに医務が「この人は水分制限するように」と真っ向対決となっているようです。
水分は必要ですが、その方の身体、持病等のアセスメントをしっかりし、医療チームと検討してから実施すべきと思います。ご入居者はモルモットではないのです!と思います。後もう一点。私も含めてですが、(うちの法人だけかもしれませんが)無知は罪です!
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「ご入居者はモルモットではない」という文字から、悲痛な叫びが聞こえてくるような気がする。これはその施設の職員だけではなく、個別アセスメントもないまま、必要量以上の水分を強制的に摂取させられている利用者の叫びでもあると思う。

こうした方針を施設長がトップダウンで決定して、有無を言わさず職員に水分摂取を促したり、介護支援専門員と介護主任が方針を決め、他の専門職に口を出させずにその方針を実行させようとしている施設がある。これは大問題である。施設には様々な専門職の配置義務がある意味を考えて欲しい。それは異なる専門性をもつ複数の者が、援助対象である問題状況について検討し、よりよい援助の在り方について話し合う必要性を認めているからである。そして水分摂取という利用者の命に関わる問題の場合は、ケアプランにそのことを位置づける場合であっても、ケアマネジャーは、医師・看護職員・管理栄養士という専門職にコンサルテーションを求めるのが基本である。それをしない方がどうかしているのである。

水分の過剰摂取により、「心不全で、不整脈者、全身浮腫者続出で病院送りです。」という状況が生まれたとしても、利用者本人や、その家族にはその原因が何かは分からないから、どこからも抗議の声は上がらないだろう。心不全や腎不全で死亡者が出ても、過剰な水分摂取とは因果関係はないとして処理されてしまう可能性も高い。もしかしたらそうした施設の職員自身も気がついていない状況があるかもしれない。おむつを外してトイレで排泄する人が増える一方で、命を危険にさらされている人が知らぬ間に生まれている状況は非常に恐ろしいと言わざるを得ない。

そのようなことがあってはならないのである。医師・看護職員・管理栄養士を交えた個別アセスメントを行わない状況での、水分摂取量の下限設定は絶対に行ってはならないのである。

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