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第35回 栄養士の役割・食は人生改

2014/07/07

議論で全ての問題が解決することはあり得ない。考え方が違う立場の人との議論は単なる言い合いに終始してしまうこともしばしばある。各論賛成、総論反対ということで結局何も変わらないこともある。職場内でもこうした例は数限りなくあるだろう。しかし我々の介護サービスは、対象者は目の前にいる高齢者の方々であり、それらの方々が困っている状況、あきらめている状況があるとき、その状態を結論が出ないからといって放置しておくことは許されない。

30年以上この業界に携わっていると、毎日毎日いろいろな出来事が起こる。その時々に対応してきたことがすべて正しい選択ではなかったことは事実である。しかしあきらめたり、放り出したりしたことはないと思う。そのとき、一番考えなければならないことは、自分の考えが正しいかどうかということではなく、何をすれば、目の前にいる高齢者の方々の暮らしが守られるのかという1点のみである。

僕は、ホームは暮らしの場であるから、入院のように様々な制限で縛られた特別な期間の過ごし方とは違うものであると考えている。高齢者であるから健康上の問題で、食事や嗜好部分で様々な制限が必要な人もいるが、できるだけその制限は緩やかにすべきだと思う。だから制限まずありきではなく、必要最低限の制限はどこから必要で、それを超えなければできることは何か、という方向からものを考える。

集団生活だからという制限はあり得ないと思っている。それはサービス提供側の論理で、生活者たる高齢者は、どこで暮らそうとも個別の「暮らし」という領域が守られなければならない。そもそも介護施設の生活を、「集団生活だから〜」という理由をつけて、利用者に勝手なルールを押し付ける人は、「集団論」をもう一度勉強しなおす必要がある。集団論的立場でいえば、介護施設は集団生活ではなく、共同生活に分類される。しかもその性格は、「強いられた共同生活」に限りなく近いものであり、できるだけ個性が集団に埋没しないように守る役割が、社会福祉援助技術に求められている。

もう随分昔の話で数代前の栄養士の時代であるが、食事の好き嫌いで、その栄養士と意見を違えたことがある。あるお年寄りが「肉は食べられない」という。僕の主張は、食べられないものを無理して食べられるようにするのが栄養管理ではないと思うし、長年培われた嗜好など変えられないし、変える必要もないと思っているので、その場合は、肉メニューに変わる別な副食を提供すべきだという意見を持っている。しかしその時の栄養士の主張は、健康上の問題でメニューを替える必要はあるだろうが、個人の好き嫌い、嗜好にあわせてメニューを替えることはできない。きりがない、という意見であった。であるから好き嫌いの問題で肉が食べられない人は、肉の献立はそのまま提供して、結果的に食べられなくても仕方ないという理論である。僕は真っ向から反論した。

家庭生活ならどうか?肉が嫌いなご主人がいる家庭では、そのご主人の食事だけ、肉ではないメニューを考えるだろう。老人ホームだけ、なぜ、個人の好みが許されないのか。集団生活の論理そのものではないのか。しかも高齢者の嗜好は様々な要素から長年にわたって形成されたもので、変えようがない。今後、この栄養士の考えである限り、肉が嫌いな人は、メインの副食に箸もつけられない食事というものが数限りなくあるということだ。

強権を使った指導ということも可能であったが、根本的な考えを直してもらわないと、今後の献立作りにも、食事サービスという大事なサービスにも問題が生ずるだろうと思って、策を考えた。肉が嫌いで食べられないという方々の、嫌いな理由を高齢者自身から語ってもらって心の内側を知ってもらうことにした。もちろん単に「嫌じゃ!!肉は食わん」というだけの人もいるし、理由を語れない人もいる。しかし中には「昔、小学生の頃、友達に誘われて屠殺場を見に行ったとき、豚を屠殺する場面を見て、それから肉が食べられなくなった」という人がいる。これは嗜好ではなくトラウマだろう。こういうことへの配慮が必要ではないということはあり得ない。

栄養士の顔色が変わったのは、現在も当園で生活されている方の話である。その方はかつて大流行した日本脳炎という脳性小児麻痺に罹患され、四肢麻痺の後遺症が残り、小学校4年生の10月までは何とか通学できたが、以後、自宅で寝たきりの生活を続けられ、60歳の年に当園に入園された。その方が小学校に入学する際、一向に好転しない身体状況を何とかしたいと願った母親が、神様に願をかけ、一切の肉食を絶ったそうである。そのことは母親だけの行為であったが、やがてそれに気付いた子であるその方も、いつからか自分も一切肉を口にしなくなったとのことである。つまり彼女が肉を食べないのは、好みの問題ではなく(長年口にしなかったことで好みもそう変わっていることは否めないが)、宗教上の問題でもないけれど、母親とともに幼心に神に誓った約束なのである。このことを誰が否定できるであろうか。

食の問題は、単に栄養とか、好き嫌いという問題ではない人生のそのものをあらわす問題でもある、ということに気付かなければならない。あの時、脳性小児麻痺で四肢麻痺である高齢者の言葉を聴きながら、ボロボロ涙をこぼした栄養士の心がどのように変化したか、僕はよくわからないが、好き嫌いや嗜好にもあわせた食事提供のあり方を考えるのも栄養士の仕事であることは理解できたのだと思う。

脳性小児麻痺後遺症の方は、四肢完全麻痺であるが、緑風園が新設された年に入所され、緑風園とともに年を重ね、今も緑風園で暮らし続けておられる。もちろん今でも肉は一切口にされないが、少なくとも肉の献立の際に、食べられるおかずが他になく、嫌な思いをすることだけはない。

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