HOME > U+(ユープラス) > masaの介護・福祉よもやま話  > 第99回 派遣職員採用による介護事業経営が抱えるリスク

U+(ユープラス)

U+のTOPへ

mssaの介護・福祉よもやま話

コラムニストの一覧に戻る

第99回 派遣職員採用による介護事業経営が抱えるリスク

2019/12/02

僕が社会福祉法人の経営者だった頃、派遣職員を雇うという発想はなかった。派遣会社から営業を受けたことはあるが、一度も派遣職員を雇おうと思ったことはない。北海道の僕が住む周囲の介護施設・介護事業者を見ても、派遣職員を採用している事業者はあまりなかった。だからこそ僕が勤めていた地域で、派遣業が商売として成り立つほど盛況になって、派遣会社が数多く設立されるような状況もなく、介護事業における派遣職員が、一定の塊として存在感がある状態になったことは今まで一度もない。それは現時点でも同じである。

しかし、都市部はそれとはまったく異なる状態である。特に東京は毎年派遣職員の比率が上昇しており、派遣職員なしでは介護事業が、成り立たないと考える経営者も増えている。職員募集をしても応募がないから、派遣に頼らざるを得ない介護事業者が増えているのである。

なぜ、直接雇用に応募が少ないのに、派遣だと人がいるのだろうか。それは簡単な理由で、直接雇用されるよりも、派遣職員となって働く方が、月額給与が高いからである。短絡的に高い月給を求める人にとっては、直接雇用されるより派遣職員として働いた方が、とりあえず高い給料をもらえて、しかも責任は重たくないというメリットがあるわけだ。勿論、月給が高いと言っても、賞与その他の手当を含めた年収ベースでみれば、正規職員の方が、待遇が良いというケースも多くなるが、その分責任や縛りが多くなって、それを嫌って派遣職員としての身分から抜け出そうとしない人も多い。それに派遣職員ならば、人間関係が煩わしくなれば、すぐ派遣会社に派遣先を変えてもらえるというメリットもある。一つの事業者に縛られない気楽さと、責任の無さがセットになって、とりあえず食うに困らないだけ稼ぐことができるという待遇が相まって、派遣職を選ぶ人が多いのだ。

この状況は、経営者にとっては危機的である。派遣の職員は、正規職員より高い時給で人を雇うために、人件費が高騰する結果をもたらすだけではなく、派遣会社に支払う紹介料等の経費が上乗せされるのだから支出は大幅に増えることになる。しかし、介護給付費は、派遣紹介料など見込んで設定はされておらず、派遣比率が高まれば高まるほど収益が挙がらない構造にならざるを得ず、それはそのまま経営危機に直結することになる。しかも、派遣会社も人材が枯渇してきており、経験と技能のある介護職員を派遣してくれるケースは、月単位で減少している。現在では、派遣職員として紹介してくれる人も、「未経験者」が多くなって、介護事業者では派遣された職員を、教育するところから始めなければならない。しかし、教育して仕事を覚えた途端に、その事業者から別の事業者に、移ってしまう派遣職員も多いのだ。

そもそも、派遣職員は仕事ができても人財にはならない。いくらお金と時間をかけて教育・訓練しても、それは介護事業者の財産に結び付かず、派遣職員本人だけの財産となるだけなのである。この点が、直接雇用している職員との大きな差なのだ。だからこそ、派遣職員がいないと経営が成り立たない事業の危うさに考えが及ばない事業者は、自らの事業リスクに気づいていない状態ともいえるわけで、それは綱渡りの事業経営でもある。

派遣職員の高コストにどれだけ事業経営が耐え得るのかを考えて、思い切って派遣職員を切って、直接雇用職員の定着率を上げた実績を持つ介護事業者もある。そうした介護事業者が行っていることとは、介護事業者として何をしたいかという理念を、共有できる職員だけを採用することによって、その理念に共感する職員が集まってくるという方法論だ。本物の介護を実現することで人材が集まり、人財として育つ環境を創ることで、派遣会社に頼らない新たな経営モデルが見えてくるのである。しかし、そうした方向に舵を取るためには、経営者に相応の覚悟が必要である。まずは高品質なサービスを提供できるためのノウハウを持たねばならないことも事実で、決して簡単なことではない。しかし、今後の事業経営を考えるとそうしていかねばならない。経営コンサルにお金をかけ、求人費用も高騰する中で、さらに、派遣経費をひねり出すほど、介護給付費は高く設定されていないのだから、この三つの経費のどれかを削らねば、早晩介護事業経営は成り立たなくなるのではないだろうか。

それにしても、派遣会社に頼らないと人員配置ができないという状況は、派遣会社に求人が多いことによって成り立つ環境でもある。北海道の僕が住む地域のように、派遣会社に求人を求めない環境であれば、派遣業自体が成立しないので、こうした環境は生まれない。募集に応募がないことで、派遣会社に寄りかかってしまうという体質の介護事業者が増えた結果が、こうした派遣に頼る→派遣に求人が多いから、高い給与設定の派遣会社に人が集まる→直接雇用の募集に人が集まらないという悪循環を生み出すのだ。現在の東京都をはじめとした、都市部のこうした状況は、地域の事業者が協定を結んで、派遣を雇わないとでもしない限り変わらないだろう。しかし、そうした協定は、独占禁止法違反などが疑われる闇カルテルとして取り締まり対象になる可能性が高い。

そう考えると、介護事業にも派遣を認めている現行法こそ、見直しの必要があるのではないかと言いたい。人の命や暮らしを護るべき、保健・医療・福祉・介護事業は、直接雇用して管理できる人間によってサービス提供しない限り、最低限の品質の管理・担保は難しくなる。そうした問題さえも、事業者の自己責任という言葉で片づけてよいのだろうか。この部分は一度、法律の見直しという方向で議論される必要があるのでないだろうか。

上記のコラム購読のご希望の方は、右記の登録ボタンよりお申込みください。

登録はこちらから