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第115回 介護を知らない人が介護を壊そうとしている

2021/06/07

特養の夜間配置基準は、今年度から、見守り機器やインカムの活用・安全体制の確保などを前提として、従前より緩和されている。つまり昨年度より少ない人数で夜勤業務を行うことができるようになったわけである。

グループホームの夜勤者一人が対応する利用者数は9人である。今回新設された3ユニットの場合に、2人夜勤を認めるルールが設けられたが、この場合でも一人の夜勤者が担当する利用者数は13.5人に過ぎない。それに比べると特養の夜間配置基準は、あまりにも少なく2人で60人に対応する配置基準だ。一人の担当人数は30人なのだから、それだけでも過酷である。今回の夜勤配置緩和を適用すると、一人の夜勤者が60人もの利用者対応を行わねばならない時間帯が増えることになる。

要介護3以上の方がほとんどの特養で、それらの人が夜間は一人も動き回らずに、寝てくれていたら問題ないのだろうが、そんなことはあり得ない現状で、一人の夜勤者が60人の対応をこなすときに、何が起こるのかを考えただけで背筋が寒くなる。

そこで安全第一に対応しようとすれば、夜間の排泄ケアは、すべての利用者にオムツの着用を強いて、そこに排泄させるだけで手一杯で、ポータブル介助やトイレ介助なんてできなくなるだろう。そして無理やり着用させられたオムツが、濡れていようと構わずに、決められた時刻だけしかオムツ交換もせず、しかもその回数は極めて少なくせねばならないだろう。体位交換も「なおざり」にしかできない。

それでも60人に対して、一人の職員での夜間対応は過酷である。そうしなければならない時間帯があるだけで、不安で働けなくなる職員もいるだろう。いくらテクノロジーを導入していたとしても、そうした特養では、働きたくないと考える職員が増えるだろうし、少なくとも、夜勤はしたくないと考える職員は増えるだろう。

ただし今年度早々から、この配置緩和を行なおうとする特養であっても、4月からいきなり配置人員を減らすことは出来ない。この緩和には、いくつかの条件が付けられており、その中の一つに、3か月の試行期間をつくらねばならないという条件があるからだ。試行期間中は、実際に配置人員を減らさずに、新基準に合わせた緩和された人員配置で、業務を行うことを想定したうえで、夜勤業務を行う必要があるのだ。

しかしこの試行が始まったばかりで、緩和された人員で、本当に充分なケアを行うことができるのかということや、職員の心身に過度な負担を与える結果にならないのか、などの検証作業が行われていないにもかかわらず、4月15日に行われた財政制度分科会で財務省は、その緩和の更なる拡充を求めている。

財務省の担当者は、現役世代の急減・介護ニーズの増大で、人材確保がますます難しくなっていくことを念頭に、「より少ない労働力でサービスを提供できるように」と主張し、更なる配置基準緩和が、「今後、就業者の大幅な減少が見込まれる。介護サービスを安定的に提供していくために不可欠な取り組み」と決めつけた。こうした主張をしている人たちは、おそらく肉体労働を一度もしたことはない人だろう。徹夜で事務仕事をこなした経験は数多くあっても、夜間にたった一人で、何人もの利用者に、相対するという人間相手の感情労働を行なったことがない人だから、こんなに簡単に夜勤配置が緩和できると主張しているのだ。

しかし介護人材不足の原因は、1に低賃金、2に教育の機会が少ない、3に休みをとりにくいことだと言われている。配置基準緩和策は、この原因を解決する策にはなっておらず、むしろ教育機会の少なさや、休みが取れないという状況をさらに悪化・助長させる愚策である。そもそも人手不足をテクノロジーで補えといわれても、人に変わってICTやインカムが介護をしてくれるわけでもない。夜間たった一人で、何人もの要介護者に向き合うとき、様々な判断が必要になるが、それは書類をどうするかという判断ではなく、命ある人の生命や暮らしの危機に向き合う判断かもしれない。そうしたことを無視して、夜間は多くの人が寝ているのだから、一人でも対応できる場面は、多々あるなんて変な主張をする人がいたりする。特養で夜間勤務中に、全員が寝ている時間帯など、ほとんどないに等しいことを、それらの人はわかっていない。しかもサービスの質が高いと言われる特養ほど、就寝中の人に対するケアもきちんと行っているのである。夜勤配置を緩和して、一人で多数の利用者に対応する時間が増えれば、十分な排泄ケアや体位交換は、出来なくなって当然だ。褥瘡は間違いなく増えるだろう。それとも褥瘡を直したり、予防したりする機器ができるとでも、言うのだろうか・・・。

テクノロジーの進化や、その導入によって、人の配置を減らすことができる、という荒唐無稽な主張の尻馬に乗る輩の声が高まって、本当に夜間配置基準が、さらに緩和されたとき、そこで行われる夜間ケアの質は、人が息を止めないように、最低限の対応を行うしかなくなり、QOLなんか存在しなくなることは目に見えている。そのような過酷な労働条件下で、夜勤者に介護の質など求められるわけがなくなる。

現状で存在するテクノロジーの水準で、さらなる人員配置緩和を主張する人間は、そこでは介護の質は問わない、という本音を明らかにしなければならない。人がいない状況下では、自立支援も暮らしの質も建前で良いのだと、正直に述べたうえで、本当にそれでよいのかという議論にならなければ、この議論は建前と嘘で固められた議論に終始せざるを得ず、そこで出される結論も荒唐無稽な、砂上の楼閣にならざるを得ない。

それは国を亡ぼす議論であり、この国の介護が壊されるということにしかならない。

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