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【UCHIDA ビジネスITフェア 2021】 逆・タイムマシン経営論

2021/11/29 [経営,セミナーレポート]

「タイムマシン経営」という言葉がある。すでに「未来」を実現している国や地域に注目し、日本に持ってくるという発想だ。「逆・タイムマシン経営論」はこの逆を行く。「新聞・雑誌は寝かせて読め」。近過去に遡り、その時点でどのような情報がどのように受け止められ、それがどのような思考と行動を引き起こしたのかを吟味すれば、本質を見抜くセンスと大局観を獲得できる。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」による古くて新しい知的鍛錬の方法を提案する。

一橋ビジネススクール
教授 楠木 健 氏

タイムマシンを逆回転させたら……

タイムマシン経営という言葉を聞いたことがあるでしょうか。孫正義さんがよく言っておられました。未来は既に現在に偏在しているという話です。たとえば、シリコンバレーに行けば最先端のテクノロジーがある。それを日本に持ってくれば、時間的なアドバンテージが取れるということです。

私は、それとは逆の発想で、タイムマシンを逆回転させたらどうだろうと考えました。過去は連綿と未来へと積み重なっています。たとえば、連日メディアでは様々な情報、言説が発信されています。最近では、「今こそ激動期!」「ポストコロナのニューノーマル」「ジョブ型採用で働き方改革!」などでしょうか。

しかし、これらは今に始まった話ではありません。これまでも、そのときどきの、同時代の重要問題、同時代の人々が興味関心を持ったテーマが繰り返し論じられ発信されてきました。

同時代性の罠

過去を振り返ると、そこには同時代性の罠=人間の認識バイアスというものが潜んでいると感じます。旬の言葉、今ならDXとかジョブ型雇用、そうした旬の言説ほど、情報の受け手に間違ったバイアスをかけ、その結果、皆、トンチンカンな意思決定をしてきたのではないか。過去を振り返ると、この同時代性の罠に気づきます。

1つの典型的な例を挙げましょう。1998年頃の話です。当時の自動車産業では、「これからはグローバルな競争がどんどん厳しくなる。年間400万台の生産ができない企業は淘汰される。400万台クラブに仲間入りできるかどうかが生死の分かれ目だ」という議論が盛んになりました。競争力の決め手は規模の大小だという言説が流れ、当時のビジネス雑誌や新聞記事も、生き残れるのは4大メーカーだけ、本田、フィアット、PSA(プジョー・シトロエン)、BMWやVWも危ないのではと、書き立てました。

単にメディアが騒いでいただけでなく、実際に、ダイムラーとクライスラーが合併してダイムラー・クライスラーという会社になって大変注目されましたし、フォードはPAG戦略と銘打ち、ボルボ、ジャガーなどをどんどん買収して規模を拡張しようとしました。ライバルのGMは日本企業に触手を動かし、いすゞやスズキをグループ化しました。ヨーロッパではフォルクスワーゲンとBMWがロールスロイスの買収をめぐって対立。互いに買収価格を競り上げた結果、フォルクスワーゲンがベントレーを、BMWがロールスロイスを買って決着ということがありました。

日本では、日産の経営危機が話題になっていました。最初はダイムラー・クライスラーと合併するかと思われましたが、結局ルノーと合併して、カルロス・ゴーンがCEOになりました。この時、ゴーンは「これからはとにかく規模を大きくする。400万台が生命線だ。ダイムラー・クライスラーの誕生は『電気ショック』だ」と言っていました。

さて、その後、どうなったでしょうか。ダイムラー・クライスラーは10年後に解体。クライスラーをファンドに売却。その後、リーマンショックを経て、クライスラーは破産。GMも破産し、富士重工、いすゞ、スズキとの提携を解消しました。フォードもPAGを解体。一方、当時250万台規模だったホンダは自主独立路線を今も貫いています。

こうしたドタバタ劇を見ていると、つくづくロジックがなかったなと、今になるとわかります。当時は、400万台クラブがあたかも法則のように言われましたが根拠はありませんでした。ダイムラー・クライスラーの合併時に指標となった生産台数がたまたま400万台だった。それが独り歩きしただけなのです。

もちろん、規模の経済は重要です。しかし、常識的に考えて、いい車を作る⇒売れる⇒その結果として販売台数が増える。つまり、台数というのは、競争力の原因というより結果であるということ。それをはき違えていたのではないでしょうか。そもそも弱い者同士がいっしょになって強くなれるでしょうか。

著名な投資家のウォーレン・バフェットはいいことを言っています。
「潮が引いた後で誰が裸で泳いでいたか分かる」
全くそのとおりです。

たまには、逆タイムマシンで過去にさかのぼって、当時の人々が何を言っていたか、何を考えどう行動していたか振り返ってみましょう。そうすれば、同時代性の罠に引っかからないですむのではなでしょうか。

なぜかというと、時間の経過のおかげで余計なノイズがなくなり、本質の論理がむき出しになるからです。何が本物で何が偽物か、だれが裸で泳いでいたか、はっきりわかる。

つまり、逆・タイムマシン経営論のポイントをひとことで言うと、
「新聞雑誌は10年寝かせて読め」となります。
一般的に、情報は鮮度が高いほど価値があるといわれますがむしろ、10年20年経ってから味が出てくるのです。

『ファクトフルネス』という本を読んだことある人は多いのではないでしょうか。この本をもじっていうと、逆・タイムマシン経営論の考え方は、パストフルネス(PAST-fullness)といえるかもしれません。歴史はファクトフルです。未来は誰も正確に予測できませんが、歴史は確定した事実です。過去の出来事を振り返ってみると、なぜそうなったのか、背景や状況の文脈を含めてロジックが見えてくる。それが非常に美味しい。

歴史を紐解いてみると変化の連続です。ただし、変化を追いかけることによってはじめて、その中で一貫して変わらないもの=不変の本質が浮き彫りになります。歴史は非常に多くのことを教えてくれます。

同時代性の罠には3つある

同時代性の罠には3つのタイプがあります。
(1)飛び道具トラップ(そのときどきで目を引くテクノロジーやトレンドに飛びつくこと)
(2)激動期トラップ(時代の変化を過剰にとらえ、今こそ激動期と思い込むこと)
(3)遠近歪曲トラップ(遠いものほどよく見え、近いものほど粗が目につくというバイアスにとらわれること)
これらの罠にとらわれて、間違った行動をしてしまう。どういうことか、具体的に説明しましょう。

(1)飛び道具トラップ

「仕事はなくなる」はなくならない

IT分野で頻繁に発動するトラップです。その一例として、われわれはこの50〜60年、ずっと「仕事がなくなる」と言い続けてきました。

「仕事はなくなる」はなくならない

しかし、どうでしょう。その割にみんな働いていませんか?

かつて、今のDXのように大ブームになったインターネット、ERP、2017年にはAI。
こういうブームが起こると、それを売る人(サプライヤー)、メディアがわんわん盛り上げる。SIS(戦略情報システム)がブームになったときは、1989年の日経ビジネスは「先進国の米国ではSISによって大きくシェアを伸ばすだけでなく、ライバルを倒産に追い込んだ会社もある。(中略)先手必勝。出遅れは致命傷だ。」と書き立てました。ところが、翌年には「SISは早々に『死ス』?」という記事が出た。ERPも同様です。

それが延々繰り返されているのが面白いところです。なぜこんな間違いが繰り返されるのか。簡単に言えば、「手段の目的化」です。

サブスクの明暗の分かれ目とは

現在進行形の“飛び道具”は、「サブスク」でしょう。いろいろな企業がサブスを始めました。パナソニックもトヨタもサブスクに乗り出し、いよいよブームが本格化するかともいわれましたが、撤退する企業も次々出てきています。焼き肉屋の「月々11,000円で食べ放題」の、サブスクはすぐに客が殺到し、連日席が埋まってしまったためサービス停止。こんなこと予想できなかったのでしょうか。

発端は、アドビシステムズの成功です。Photoshopやillustratorなどの強力な商品を時間をかけて練り上げ、ユーザーにとって不可欠なツールに育てた上でのサブスク展開でした。だから、顧客もついていった。アドビ固有の戦略ストーリーの中でのサブスクだったのです。この文脈なしで、ブームに飛びついた企業は失敗している。

全然文脈が違うのに、はやりの飛び道具をコピペして持ち込んでもかえってパフォーマンスが落ちるか失敗する。これを文脈剥離といいます。

イングランドの文学者、サミュエル・ジョンソンがうまいこと言っています。
「愚行の原因は似ても似つかぬものを真似することにある」
まさに、飛び道具トラップを言い表しているのではないでしょうか。

飛び道具トラップにはまりやすい人

① 勉強熱心で、情報に対する感度が高い人がはまりやすいという皮肉な現象があります。
② とにかく忙しくて物事をじっくり考えるゆとりがない人、スマホで隙間時間に次から次へ、ありとあらゆる情報をチェックするような人は、1つ1つの情報の背後にある文脈や論理にまで注意が向かない。だからトラップにはまる。
③ せっかちな人、すぐに役立つものを探している人もはまりやすい。しかし、すぐ役立つものほどすぐ役立たなくなる。これが商売の鉄則ではないかと思います。
④ 行き詰っている人、一発で局面打開を求めている人には飛び道具は希望の光に見えてしまうのではまりやすい。
⑤ HRやIT分野など専門性の高い部署の担当者。自分の担当領域で頭がいっぱいで、商売全体の文脈理解がない人も、飛び道具トラップにはまりやすい。手段の目的化に非常に陥りやすいのです。
⑥ 肩書は代表取締役社長。その実、ルーティン業務を粛々とこなす、代表取締役“担当者”(私はCETとよんでいます)もはまりやすい。
①〜⑤ と ⑥ が組み合わさると最悪です。

これを回避するには、トラップが生まれるメカニズムを逆回しして考えることです。

文脈思考でトラップを回避せよ

まず、ご自身の事業では、どういうストーリーで儲けようとしているのか。これが確定したうえで、さまざまな成功事例・失敗事例を解読し、抽象化・論理化する。そこから、全社として最も大事なことはこれだ、と本質を見極める。そして、その飛び道具が自社の文脈の中でどう位置付けられるのか理解した上で試行実験する。これを文脈思考といいます。

要するに飛び道具に必殺技はない。個別のアクションやディシジョンの意味は、ストーリー全体の文脈で決まるのです。

DXを文脈の中でどう位置付けるか

今、飛び道具無差別級チャンピオンはDXでしょう。確かにDXは大変重要ですが、目的ではありません。会社にとっての目的は長期的に利益を上げることです。なぜDXが大事なのか。利益獲得の手段として大切なのです。

まずは、儲かる戦略ストーリーを作り、その中に位置づけて初めてDXは意味を持つのです。裏返せば、DXなしで儲かるなら、無理に導入しなくても問題はありません。そういう例はあまりないとは思いますが。

(2)激動期トラップ

論理なき単なる掛け声

私たちはここ2年ほど、コロナ禍を経験してきました。こういう時、世の中には、「今こそ激動期!」といいたくて仕方がない人が一定数います。「100年に1度の危機」「国難」「戦後最大の危機」。そう言いたくて仕方がない。

考えてみたら、われわれは常に「戦後最大の危機」といっています。おそらく2、3年後にはまた、「100年に一度の危機」があるでしょう。

2015年1月5日の日経ビジネスの特集は「日本を脅かす第4次産業革命」でした。この雑誌では毎年、産業革命が起きています。しかも毎回第4次です。

この10年、商社3.0、インダストリー4.0、ソサエティ5.0という言葉が躍りました。「これまでのやり方は通用しない、全く違うフェーズになるのだ」と。私は、そういう人を見ると必ずこう問い詰めます。「2.0との本質的な違いは何ですか? もし4.0があるとしたら具体的にはどんなものですか?」と。答えなどない。単なる掛け声です。そこに論理はあるのでしょうか。

ソサエティ5.0は、われわれの国が掲げるコンセプトです。1.0は狩猟社会、2.0は農耕社会、3.0は工業社会、4.0は情報社会。では、5.0は何だろうかと大変気になります。国の出す答えは「新しい社会」。なんだ、と、腰が抜けました。
「単なる効率化・省力化にとどまることなく、まったく新しい付加価値を創出することによって、まさに革命的に生産性を押し上げる」
これが、ソサエティ5.0=新しい社会だと、大真面目に政府が言っている。

いい加減にしろ!と言いたくなります。しかし、こういう方向に流れるのが人間の本性です。これが激動期トラップなのです。

(3)遠近歪曲トラップ

「日本はダメ、アメリカに学べ」が典型的なトラップ

遠いものほどよく見えます。たとえば、「日本人は画一的で内向きでリスク回避の安定志向で創造性がない」とよくいわれます。一方で、「シリコンバレーを見よ、皆創造的で、イノベーションがどんどん起きている」といわれる。これが遠近歪曲トラップです。

アドビシステムズがおもしろい調査をしています。世界で最もクリエイティブな国・都市は?という質問に対し、日本、東京がそれぞれ1位になっています。

State of Create:2016

よく、「日本的経営は崩壊する」といわれます。しかし、45年前の日経ビジネスでも、すでに「ゆらぐ日本的経営」といわれています。半世紀にわたって「崩壊する」といわれている日本的経営ですが、未だに崩壊していません。

昔のほうが良く見える

遠近歪曲バイアスは、時間軸にもいえます。昔のほうが今より良く見えるのです。

その典型例が人口問題です。今、少子高齢化、人口減少が諸悪の根源であり、戦後最大の危機といわれています。2015年の日経ビジネスの記事では、「40年前に人口減は予測されていたのに、なぜ抜本的な対策が打たれなかったのか」と書かれています。

それはそうでしょう。少し前、明治維新から1980年代までは、人口増加のほうが問題だったのですから。日本という狭い国で人口がこれ以上増えては食べていけないと、大正期まではブラジル、ロサンゼルス、サンフランシスコ、ハワイへと移民政策がとられました。これは人口増加に対するソリューションだったのです。戦後の女性活躍の一丁目一番地は、産児制限でした。次から次へと子どもを産むから女性が家庭にしばられて、社会進出できないと、市川房枝、加藤シヅエら婦人解放運動家たちが主張していました。

高度成長期になっても、住宅難、交通戦争、受験地獄、公害……すべて人口増が諸悪の根源でした。ところが、今になって、人口減が諸悪の根源。増えても減っても、人口が諸悪の根源になっているのです。冬は寒い寒いといい、夏は暑い暑いという。同じ人がこれを繰り返すのです。

マクロのせいにするのは責任逃れ

人口減少は確実な未来です。日本だけでなく、世界中のメガトレンドです。

リーダーがマクロ環境を嘆いても仕方がありません。マクロ環境を原因にするのは気持ちがいい。なぜなら、自分のせいではない=他責と同義だからです。時代が悪い、社会が悪いと言っていれば、自責しなくてすむ。

いつだって、全面的に良い国、良い時代などありません。

冬にみんなが寒いといえば「今は暑くはないぞ」と言い、夏にみんなが暑いと言えば「少なくとも寒くはない」と言える。それがリーダーの思考様式であるべきです。

日本は7割が山地です。こんな小さな土地に1億何千万人も住んでいたほうがおかしいのです。ぜひ、人口7000万人時代のポジティブな未来を国のリーダーには示してもらいたいものです。

ファストメディアの時代

われわれはファストメディアの時代に住んでいます。情報はあふれかえっているのに、肝心要の論理が抜けている。

情報の受け手側は、スマホで隙間時間も情報収集し、情報の供給側は、ページビューが可視化されるのでどうしても数字を追いかける。すると、必然的にバズワードをちりばめたタイトル、とくに危機感をあおるような言葉を乱発する。

情報がコモディティ化(大衆化)し、知識があるだけではその他大勢でしかない時代です。ここで重要になるのが、本質を見極める力です。僕は、逆・タイムマシン経営論は、ビジネスパーソンにとって、他の人との違いを作る武器になるのではと考えています。

もう一度、ウォーレン・バフェットの名言を引用しましょう。
「われわれが歴史から学ぶべきは、人々が歴史から学ばないという事実だ」
普通の人がなかなかしないからこそ、歴史から学ぶ。逆タイムマシンで振り返る価値があるのではないでしょうか。

スローメディアときちんと向き合いましょう。いつの時代も良書を読むことは、知的トレーニングの王道です。新聞雑誌は寝かせて読みましょう。かつてはただのファストメディアだったのが、いつしか上質のスローメディアに熟成しています。

半年前の新型コロナの記事も今読んでみてください。早くもいい味を出しています。
潮が引いた後で、何が本物か、何が正しいか、人間の社会って何だろうかがわかるわけです。

若い人ほど歴史知が必要です。僕のようなおじさんは、若いときから今までの経験と記憶がある。体の中にある程度、逆・タイムマシンがあります。若い人にはそれがない。だからこそ、おじさんに対抗するためにも、歴史知を持ってほしい。

みんな未来が気になるものです。だからこそ、逆タイムマシンで昔に戻り、本質を見つけて未来に戻ってきてほしい。要するに、大局観を持てということ。そのための方法が、逆・タイムマシン経営論なのです。

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