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【UCHIDA ビジネスITフェア 2023】 老舗を動かす 〜理念と改革〜

2024/3/29 [食品,経営,セミナーレポート]

「カステラ一番、電話は二番」のテレビCMで知られる老舗菓子メーカーの文明堂東京。娘婿として同社の社長に就いた宮ア進司社長は、東京だけでいくつもの法人に分かれていた「文明堂」をまとめ、経営理念をあらためて再整理することで、コロナ禍での大幅な売り上げ減を乗り切りました。宮ア社長に老舗企業の継承と変革についてうかがいます。

株式会社文明堂東京
代表取締役社長
宮ア 進司 氏

いち会社員だった私が文明堂の後継者となるまで

大学卒業後、三菱電機株式会社に入社し半導体の営業職に。ところが、26歳のときに半導体事業が他社と合併することになり、合併準備プロジェクトに配属されて1年間、毎日深夜まで働く日々を過ごしました。しかし仕事は面白く、その時の経験が私の基盤となりました。27歳の時に新会社のルネサスエレクトロニクスへ転籍。営業企画・マーケティング・労働組合などを経験。この経験も私の血となり肉となりました。

28歳のときに結婚するのですが、相手は三菱電機時代の同期。交際中は知らなかったのですが、株式会社文明堂新宿店の一人娘でした。彼女のお父さん(文明堂新宿店の社長)に私が「結婚させてください。でも、会社を継ぎたくはないし名字も変えたくありません」と言うと、「それでもいい」と。それで結婚が決まりました。

ところが、1年後、義父の体調が悪くなり、会社の業績も悪化。「継ぎたくない」とは言いましたが、「こんな人生は他にないのではないか。どう考えても私が会社に入るべきではないか」と思い、2005年、30歳のときに文明堂新宿店に入社しました。

義父からは、「取締役になってくれ」と言われました。そのためには株主総会の承認が必要です。私は一般社員の経験しかないので困ったなと思いましたが受けるしかありません。株主総会が行われるホテルに向かう車の中で、緊張に震えながらスピーチの練習をしていました。
するとそこに社長秘書から一本の電話がかかってきました。その内容は、「今日からあなたが社長になります。前社長は株主総会には来ませんから、今日から仕切ってください」と。まさに衝撃の社長デビューです。この日から私の人生は大きく変わりました。

就任して最初の日に、総務部長が1枚の紙を持ってきました。そこには、こう書かれていました。

株式会社文明堂新宿店の当面の重要課題
1.日本橋店との統合の件
2.社内分社化の件
3.主要商品値上げの件
……

これが最初の、私にとっては重すぎるミッションでした。

この1番目の「統合」については、文明堂の成り立ちの説明が必要です。
文明堂は明治33年に長崎で創業。大正11年に上野黒門町に進出して東京文明堂が創立。その後、次々とのれん分けをし、私が社長に就任した頃は、文明堂新宿店、文明堂日本橋店、文明堂銀座店など、全くの別会社として8つの会社が全国に存在していました。

のれん分けには、意思決定が速い、地域特性に合った商売ができる、お客様に近い、地域認知度が高いなどのメリットがありますが、反面、文明堂同士で販路競争が起こる、各社で味もパッケージも異なりブランド化を阻害する、などのデメリットもあります。時を経たこののれん分け制度は疲弊し、改革が必要だと誰もが感じていましたが、手が付けられていない状態だったところに、私が社長となったのです。

のれん分けから統合へ

いろいろありましたが、最終的には2008年に新宿店と日本橋店が統合して文明堂東京ができ、2014年に銀座店もグループ化。2022年には東京進出100周年を迎え、現在では、全国の文明堂の中でも結果として最も大きな売上を占めているのが弊社のグループです。

3つの会社を統合するにあたって取り組んだこと

3つの会社を統合して、文明堂の新たな歴史を刻むことになりましたが、全く異なる価値観の社員たちをどうまとめるかが喫緊の課題でした。

ここで重要となるのが「理念」です。理念とは、「判断基準」だと私は考えています。AかBか迷ったとき、今日の仕事をどう進めるか考えるとき、よりどころとなるのが判断基準=理念です。

新宿店も日本橋店も、素晴らしい理念を持っていました。

理念体系の再整備

2つの異なる言葉があるとややこしいので、いろいろ検討した結果、まとめたのが今の弊社の理念です。

理念を「基準」として活用

ゼロから新しい理念を作ったのではなく、「人々の幸福の追求」「善意の積重ね」など、新宿店、日本橋店、それぞれの良い言葉を活かしています。

「理念はどの会社もあるが、課題はどれだけ浸透させるかだ」とはよく言われることです。当社でもあの手この手で浸透させようと工夫しています。

たとえば、経営計画も、「人々の幸福の追求」という理念に紐づけて考えています。

以下の図は、理念実現を構造化した「レイヤーツリー」です。

理念と経営計画のリンク

当社の一番の目的=第1レイヤーは「人々の幸福の追求」です。そして、それを実現するためには何をすればいいかをブレイクダウンしていき、最終的には第5レイヤーで80の行動計画に細分化され、各部署が一つひとつ実現していきます。そしてそれが、結果的に「人々の幸福の追求」という理念につながっていくという構造を示しています。

人事評価も、理念とリンクしています。以前は、A3の紙に、今年の目標、それに対して何をやったか、上司の評価など、びっしりと書き込んでいましたが、本人にとっても上司にとっても負荷が大きかった。それをぐっと簡略化しました。

まず、理念に紐づけて、当社が今求める人材像を明示し、それに対する達成度を評価していく。社員個人の課題としては、レイヤー2の成長と利益についての目標を書いてもらいます。
成長に関して、管理職の場合は、自分の成長に関する目標と、部下の成長につながる目標を書いてもらいます。書くことで、気持ちや行動が変わってくると期待しています。

理念を掲げても「そんなのは理想だ」と思う人もいるでしょう。しかし社員の会話の端々に、「あのレイヤーが〜〜」という言葉が聞かれるようになったことは一つの成果かなと思っています。

コロナ禍のピンチをどう切り抜けたか

これまでの文明堂の商品イメージは、“贈答品”でした。しかし、コロナ禍で、企業間の手土産のやりとりがなくなり、2020年4月の売上は50%まで落ち込みました。そこで、文明堂の強みを見直し、贈答品から、「日常をつなぐ」=身近な人と人とをつなぐお菓子へと転換。このコンセプトで、日常のおやつ向けの小パッケージの商品や、こだわりの餡を使ったあんぱん、ブルーボトルコーヒーとのコラボ商品など、カジュアルな商品を展開し、コロナ禍によるニーズの変化に対応できました。

さらに、これまでの文明堂のコンセプトを打ち破る商品として、アスリートのための補食用カステラ「V!CASTELLA」を開発。アスリートや、部活の差し入れにお母さま方が購入するなど、いろいろなところで注目されています。

婿経営者として

次に、婿経営者としての私の18年間の社長人生を振り返ってみたいと思います。
次の図は、私が、婿経営者(子供の配偶者)の立ち位置をマッピングしたものです。

婿経営者の特長

縦軸は、社長が経営判断をするときに主観的に考えるか客観的に考えるかを示し、横軸は、在職期間の長さを示しています。

どちらがいい悪いということではなく、一般的には、創業社長やその子供は主観的に判断することが多い。在職期間も長い傾向があります。その対局にあるのが、昇格・招聘によって社長になった人です。判断は客観的、短い期間で実績を残していく。では婿経営者はどうか。在職期間が長くなるのは創業者やその子供と同じですが、判断基準については「私の会社だ」という意識ではなく、客観的に会社を育てていこうという視点があります。

また、先代社長との関係性は、子供が継いだ場合、上司と部下というより親子関係が先になりがちです。一方、婿経営者にとって先代社長は親というより上司だと思っています。

そのあたりが、婿経営者の特徴だと思います。

社員との関係性づくり

(1) 自分の立ち位置を理解する

社長に就任した際、「お婿さんだから社長になりました」では通用しない、なぜ私が選ばれ社長となったのか、自分の立ち位置をしっかり理解したいと思いました。

そこでまず、祖先の墓や存命の親戚を訪ね歩き、文明堂に関係する一族の家系図を作りました。次に、カステラのルーツを訪ねる旅にも出ました。菓子業界の方々と、カステラのルーツと伝えられるスペインを旅して、どうやらこのような修道院で作られていたらしい、という仮説にまでたどり着きました。

(2) 社員との関係づくり

私が社長になったのは、血でも力でもない。だからこそ、社員に対して「こうしなさい」ではなく、「これをやりたい。なぜならこうだから。これについてどう思う?」と、理由を伝え、意見を聞く。社員とのコミュニケーションを重視しました。

カステラのつくり方を教えてもらうために、製造のトップにお願いして1カ月研修をさせてもらったことがあります。カステラづくりは非常に難しく、どうしても6p厚さのカステラの半分くらいにしか膨らまない。しかし、研修最後の日に、その失敗作を工場の人に配ったら、「おいしい」と喜んでくれました。社員と心が通じ合ったな、これで一歩進めるなと思えた瞬間です。また、現場で働いたことで、職人さんたちがどんなにこだわりを持って仕事をしているかを知ることができたのはとても良かったと思います。

ほかにも、包装紙で商品をきれいに包めるようになりたいと思い、最繁盛店で叱られながら修業させてもらったり、以前はそりが合わなかった現場の管理者と一緒にトラブル対応に奔走したり、社員と一体になって現場経験したことで、信頼関係が築かれていきました。

(3) 会長から学んだこと

義父は一昨年亡くなるまで会長でしたが、一度も会社に来ませんでした。私の手には負えない案件について意見を聞いても義父は笑っているだけで何も答えない。では、と思って私が提案をすると、一度も反対することなく、100%「Yes」でした。なぜなのか、ずっとわからなかったのですが、義父の亡くなった後、部屋を整理していると1冊のノートが見つかりました。そこには、「会長の使命とは」と題して、こう書かれていました。

一、社長との信頼関係を築く
一、経営の実務は任せ余計な口出しはしない(但し、困った時だけ相談に乗る)
一、将来の夢を語り合う
と言うことだと信じております。そしてこれからはその信じる道を一歩一歩歩んでいこうと思っております。

それを見て、「会長は自分で決めたことをひたすらやっていたのだな」とすごく腑に落ちました。判断基準として会長はこれを書いていたのでしょう。

(4) しなやかに楽しむ

18年間、いろいろな困難がありましたが、みんなで話し合いながら、どうにかやってきました。

私のモットーは、「しなやかに楽しむ」です。
強く立ち向かうというよりは、外からの風をいったん受けながら、すべてを楽しんでいく、というのが私のポリシーです。その時に必要なのは、自分の中に、どんなときにもぶれない判断基準=理念をもつこと。
会社には「人々の幸福の追求」ですが、それはそっくりそのまま私の基準になっています。この理念をもつことで、困難がふりかかったときも、「それって人が幸せになるのかな」と考えると、すっと判断ができるようになりました。

自分の生き方としては、誠実、謙虚、前向きでありたい。
そして、それ以外のことは、なんでも「かわいい」「面白い」と思うこと。
どういうことかというと、怒りの感情があると何事も前に進まないので、嫌なことがあっても、なんでも「かわいい」「面白い」と考えることで、怒りの感情を起こさないことです。たとえば、隣の人が水をこぼして自分にかかっても、「あの動き、かわいい」とか「水の波紋が面白い」と考えて、怒りの感情を起こさない。
どうしてもがまんできないようなことがあった場合の魔法の言葉は、「ダイバーシティ」です。「こういう価値観もあるんだ」と考えることで怒りの感情をゼロにする。
こうやって、前向きに生きています。

今回は、私なりに18年間、社長として経験してきたことをお話ししました。
みなさまに、一つでも何かのお役に立てればと思います。

ご清聴ありがとうございました。

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