相模女子大学大学院特任教授 |
後援タイトルの、『働かないおじさんが御社をダメにする』とは2年前に出版した本のタイトルです。大変失礼なタイトルですが、編集者がつけたものですから、どうかご容赦ください。また、私が言いたいのは、“働かないおじさん”とは、年齢や性別の話ではなく、「変化を拒む人」だということ。「変化を拒む人」が御社をダメにするのです。
今、ミドル・シニア人材が、給料は高いのに生産性が低いと言われ、アップデートが必要だ、リスキリングが必要だと言われています。しかし、当のミドル・シニア人材の視点から考えてみると、「約束が違う」という心境なのではないでしょうか。
これまで企業戦士として家庭も顧みず働き、辞令一つで文句も言わずにどこへでも転勤させられてきた。会社に忠誠を尽くしてきたのに、今更キャリア自立せよといわれても…。これまでは長時間労働が美徳だったのに、急に長時間労働が評価されなくなった。部下を指導したらハラスメントと言われてしまう。
また、従来の雇用形態は、業務内容や勤務地などを限定せずに雇用契約を結び、雇用された側は割り当てられた業務に従事するという、「メンバーシップ制雇用」でしたが、今は、あらかじめ明示された仕事の範囲や評価方法、待遇に合意した人を採用する、「ジョブ型雇用」が主流になりつつあります。そうなると、専門性や強みがない人は45歳以上でリストラされる。「今さら約束が違う」というミドル・シニアの声が聞こえてきそうです。
一方、企業側の視点から見ると、今後も終身雇用を続けるのは難しい。45歳定年制という声も聞かれます。
オープンワークという、転職したい人が、その理由を書き込むWEBサイトがあります。その理由を見ていてまずいな、と思うのは、40代、50代の人たちで「この会社では希望が見えない」と書いている人が多いことです。
政府は企業に対して70歳まで就業機会を確保する努力義務を課しています。40代、50代といえばあと20年は働かなければならない。そういう人たちが力を失ってはもったいない。これらの人をいかに活性化するかが重要です。
トヨタ自動車では、従業員の時短勤務を支援するため、60歳以上のシニア人材に早朝の生産ラインで短時間働いてもらう仕組みを検討しています。対象は原則60歳から65歳までですが、今回は65歳以上も再雇用する計画です。
このようにミドル・シニアにも活躍の場はあります。
ただし、ミドル・シニアへの要望や期待は以前と同じではありません。これからの企業にはイノベーションが起きる風土改革が必要です。ミドル・シニアには、変化を担う人材になってほしい。あるいは、せめて変化の邪魔をしないでほしい。リスキリングして、キャリアを自分で作ってほしい。属人的な仕事を移転してほしい。こういった期待と要望があります。
そこに、ミドル・シニアの活性化の鍵があります。
今はどこの企業も人手不足なのでシニア人材を戦力化したいのはやまやまです。ですから定年延長を行う。一方で、組織の若返りも必要なので、役職定年を設ける。
ここで重要なのは、役職定年後の期待・役割を明確化し、能力や経験を活かせる配置をすることです。技能伝承や後進育成の役割、マネジメントの補佐的役割、ベテランプレイヤーとしての役割等。そして期待や役割に沿った、メリハリのある処遇の提示も必要。一律に給料を下げるのでは当事者は意気消沈してしまいます。もっといえば、組織インフラの整備も含め、役職定年前からキャリア支援が必要です。
変化なくして成長はありません。変化を拒む人は粘土層と同じです。いくら水を注いでも成長しません。
一橋大学教授の沼上幹氏らは、時代の変化に応じた経営政策の転換やイノベーションのための投資を阻害し、非合理的な経営戦略を創出する組織を「重い組織」と名づけました。以下のチェック項目で、自社の”重さ“を再点検してください。
ミドル・シニア社員のアップデートの状況を以下のチェックリストで確認しましょう。当てはまるものが多い人はまずいです。自分で自分をアップデートする意識が必要です。
引用)『働かないおじさんが御社をダメにする ミドル人材活躍のための処方箋 (PHP新書)』白河 桃子 著
ある企業のアンケートによると、いろいろ学習機会を提供しているにもかかわらず、45歳以上の社員のほとんどが、勉強をしていないことがわかりました。
立教大学経営学部教授の中原淳氏は、人生に2〜3回の学びが必要だと言っています。大学時代の学び、30〜40代では、社会人経験を経て実装してきたことを学問的に体系化するための学び、そして、60歳でも学び直す必要があります。
ミドル・シニア層は、新卒の就活依頼、履歴書を書いたことがない人が多い。つまりは、自分のキャリアを振り返ったことがない。自分の立ち位置を確認すたるためにも、転職サイトに登録してみることをおすすめします。
今後のミドル・シニアの課題は、多様な人材と一緒に、多様なキャリアを生きること。多様な役割の人生を生きることです。
人間には、子ども、学生、労働者、配偶者、家庭人、市民など、様々な役割があります。ミドル・シニアには、子育てを全くしなかった、親という役割をしなかった、企業人としての役割しかしてこなかった人も多いのではないでしょうか。
今の若い人達は、男性でもしっかり子育てを担っている人が多いです。多様な役割を生きることで見えてくることもあります。
役職定年後に備え、40歳くらいで第二の新人研修を行う、45歳以上の学びに補助金を出す、ポイント制にして役職定年後の処遇にも反映させる、リスキリングでDXを学んでもらう、など、企業でもミドル・シニアに取り組んでいます。
ある企業では、育児介護者に「なりきった」時間制約で1カ月間過ごすという実践をしています。たとえば、保育園児のいる社員は保育園から呼び出しの電話がきたら帰らなければなりませんし、保育園のお迎えのために定時には会社を出なければなりません。そのようなワークスタイルを疑似体験するのです。ある管理職の人で、生まれてはじめて定時に退社し、夕方にスーパーで買い物をして、自社製品がかごに入れられるのを見た、という人がいたそうです。また、夕方5時までしか働けないのと、7時まで働けるのとでは働き方が変わるということを体験したことで、制約がある社員への理解が増えたという人もいました。
この試みによって、時間の感度が上がり、働き方改革や、長時間労働DNAをアンインストールするという効果をもたらしました。
3日間のコミュニケーション研修で自分を見つめ直すという試みをしている企業もあります。男性のミドル・シニアは自分の感情を言語化するのが苦手な傾向がありますが、研修で「自分と会社と家族」に深く向き合い、自己開示や傾聴によって規格化された「社員」の鎧を脱ぎすてて、自分の感情を言葉で表現できるようになりました。研修終了後のレポートには、多くの人が、「家に帰って家族にありがとうと言いたい」と書いていたそうです。
「シニアの戦力化」を提唱した学習院大学特別客員橋上の山崎京子氏が、「キャリア・シフトチェンジ・ワークショップ」を第二の新人教育として提唱しています。環境の変化を受け入れ、自分を立て直し、組織内で新たな価値を見出す能力を引き出すワークショップです。
半導体・電子部品メーカーの新日本無線では、第二の新人教育で育成したシニアエキスパートを、「スタンダード」と「チャレンジ」に分け、1人ひとり能力や価値観に合わせて活躍の場を提供しています。また、学んだことを活かして社外に転身するシニアには、支度金を支給しています。
医療機器メーカーのモリタは、55歳の社員に「キャリア・シフトチェンジ・ワークショップ」に参加してもらい、修了者の中から、同ワークショップのインストラクターになる人も出てきています。
このように、第二の新人教育を行うことで、ミドル・シニアに様々な行動変化が生まれています。
ミドル・シニアは、本当はがんばれる世代です。きっかけや気づきがあれば、まだまだ会社に貢献できる。そこに火をつけなければなりません。
中央大学ビジネススクール教授の佐藤博樹氏は、これから必要な学びを以下の4つだと述べています。
また、ミドル・シニアに対して必要なこととして以下を挙げています。
また、「学びとは積み重ねではなく、今までを捨てるアンラーニングと新しいラーニングをしないといけない。そういった機会を社員にどう体験させるか? そこが鍵となります」と述べています。
大和証券グループは、“意欲”と“能力”の高い職員を「マスター」として60歳以降も継続雇用する「大和マスター制度」を導入、豊富な経験を持つベテランの社員を「上席アドバイザー」に任命しコンサルティング営業を拡充させる、自己研鑽に応じたライセンス認定制度、学びに補助金やポイントを付与、などの施策を行っています。
会社がいくら教育に投資しても転職されたら会社には何も残りません。一方、新しいチャレンジをする機会がなければこれも投資の無駄になります。会社としては、個人が能力を発揮できる風土を作る必要があります。
NECでは、ミドル・シニア社員向けにキャリアプラン研修を行い、社内のキャリアアドバイザーとの面談、キャリア開発を目的とした休暇申請も可能にしています。
役職、役割を明確にすること、タイトルを付与することで、会社の中に居場所を作ることが重要です。ある企業ではTOO(隣のおせっかいおじさん)という肩書を付与している企業もあります。
社内に居場所がない場合は、自らNPOでプロボノをしたり、なにかしらサードプレイスを持つこと。こういう人は若手に慕われます。
パソナでは、「エルダーシャイン採用」=これまでの経験を活かした働き方や新たなキャリアに挑戦し、生涯現役での活躍を目指すシニア人材を応援する制度を実施しています。
「組織の中でポジションがあって大事にされてきたメインストリームの人は社外に出てこない。定年後に労働市場にでてくる『宝の山』」なのです。パソナではこの制度で、65歳からの新入社員を、数百名の応募から80名採用しました。あえて、前職とは異なる部署に配属するなど、異業種を受け入れることで社内の活性化にもつながっているそうです。
それは、ダイバーシティ経営の必要性が高まっているからです。ダイバーシティのためには、同質性の高いシニア人材の行動変容がポイントとなります。
そもそもなぜ、ダイバーシティ経営が求められるのか。それは「同質性のリスク」があるからです。「同質性のリスク」とは、社会心理学者のジャニスによると、「個人の総和よりもレベルの低い意思決定をしてしまうこと」を意味します。
マシュー・サイドは『多様性の科学』という書籍の中で、様々な「同質性のリスク」の事例を取り上げています。たとえば、「なぜCIAはビン・ラディンのテロ行動を阻止できなかったのか?」。CIAは、白人男性・エリート・プロテスタントという同質な人たちによる組織だったことが原因だと指摘しています。
同書の中で、米コロンビア大学ビジネススクールの実験が紹介されています。ある問題について、1人で考えた場合の正解率は44%、友達4人(画一的グループ)で話し合った場合は54%、友達3人と他人1人(多様性グループ)で話し合った場合は75%が正解。画一的グループは、「気持ちよく話し合いができた」が、多様性グループは「話し合いは大変だった」と答えています。
会社の中で、気持ちよく議論が進む場合は、もしかしたら間違っているのかも、疑った方が良いのかもしれません。
同質性の強い企業で、会社の中の当たり前が、世の中の非常識になっている例は多々あるのではないでしょうか。それも同質性のリスクです。誰かが「おかしいのでは?」と言えることが大事です。そのためにも、多様性が必要。同質性の中で生きてきたミドル・シニアは、多様な視点をもち、企業の変化を担ってほしいと思います。
ジェンダーダイバーシティは多様性の第一歩です。本来は、男女比は5:5なのになぜ社内はそうなっていないのか。常に検証し、エビデンスを取り、PDCAを回していく必要があります。
同質性による見落としの例は身の回りに多々あります。
シートベルトの設計は男性の体が標準になっているため、妊婦には有害です。
企業の検診や健康経営においては、女性の健康課題を認識している企業は3割に過ぎません。
フェムテック市場は女性のスタートアップ経営者が少なく、また資金調達も女性では困難なため、5兆円規模と言われているにもかかわらず、今まで見落とされてきました。
政策でも女性が見落とされています。たとえば都市一極集中や少子化という課題。女性が東京その他の大都市に出ていくのは、「子育て環境がないから」ではありません。地方の、男尊女卑、女性の生き方の限定、息苦しさから逃れるためです。これを打破した好事例に、豊岡市の挑戦「ジェンダーギャップ解消施策」があります。
シニアはまず、組織の活性化を邪魔する人材にならないこと、組織の中での役割を再構築すること、多様な人と共同し、多様な役割を担うことが大事です。
若手が望む理想のミドル・シニア像をまとめると以下のようになります。
簡単にはできないかもしれませんが、努力をすることは大事だと思います。
入山 章栄氏は、「チャラ男社員と根回しオヤジ」は経営学的に良いペアリングだとのべています。住友生命の「Vitality」というヒット商品は、”弱いつながりを持ち創造性に富む“チャラ男と、”強いつながりを持ち実現性に強い“根回しオヤジという異質な二人の組み合わせによって生まれました。
日本企業の多くは、平均年齢が45歳以上の年老いた企業です。
入社してからずっと同じ会社、ハイコンテキスト(同質性による暗黙の了解で通用するコミュニケーション)、意思決定層は同じ年齢構成で同じ性別、そして、「これ以上出世が望めない」とわかるまでに22年もかかります。モチベーションを失っても、他の道に行くには遅いので、現状維持、あるいは変化に抵抗する人材=“働かないおじさん”になってしまいます。
今は、VUCAの時代と言われています。「VUCA(ブーカ)」とは、Volatility(変動性), Uncertainty(不確実性), Complexity(複雑性), Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとったものです。この時代を乗り越えていくためにも、経験も実績もあるミドル・シニアに多様な役割を与え、行動変容を促して、同質性を打破してほしいと思います。