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日本マイクロソフト株式会社 |
生成AIの ChatGPT が2022年11月に一般公開されてから約3年がたちました。私は、その前の2021年に生成AIを説明する講演をしたことがあるのですが、そのときの会場はガラガラでした。世間のほとんどの人は生成AIに関心をもっていなかったのです。しかし、2022年12月以降、生成AIの講演をするといつも満席です。ChatGPT の影響の大きさを実感しないではいられません。ちなみに Microsoft は2023年に生成AI「Copilot」の提供を開始しました。
2025年9月、内閣府の人工知能戦略本部で配られた資料(内閣府「人工知能基本計画の骨子(たたき台)の概要について」)には次のように書かれていました。
「『AIを使わない』ことが最大のリスクであり、日本のAI投資・利活用の推進は急務」
もはや、生成AIを使うのが当たり前の時代になりつつあるということです。
生成AIを使うには、まず生成AIに問いかける必要があります。IT業界の人たちはこの作業を「プロンプトを書く」などと言います。しかし、このやり方は今や過去のものになりつつあります。2025年10月、Microsoft は Word や Excel、PowerPoint などのアプリにAIエージェントの機能「エージェントモード」を組み込むことを発表しました。このAIエージェントに話しかけると、AIが自らアプリを操作してくれるのです。Microsoft だけでなく Google や OpenAI も同様の新機能を発表しています。
かつては「プロンプトを上手に書けるように勉強しましょう」などと言われていましたが、AIエージェントの登場でそのようなハードルがなくなったのです。事実、生成AIを開発している企業、いわゆるビッグテックは「プロンプト」という言葉の代わりに「メッセージ」という言い方をするようになっています。
生成AIについても、今ますます使いやすいものになっています。仲間と会話するように、AIにメッセージを伝えれば使いこなすことができます。そして、より簡単にAIがもつ多くの優れた能力を手に入れられるようになったのです。
では、生成AIが使いやすくなっている現代において、企業は経営方針として何を考えればいいのでしょうか。ここが今回のセッションで一番伝えたいところです。先に「答え」を示すと、次の絵のようになります。
従業員の全員に「AI」という名のゲタを履かせるのです。生成AIの飛び抜けた能力をもった人間を採用するのはとても大変です。高給を払う必要があり、まず無理です。そもそも、そんな人材がいるかどうかもわかりません。それより、今いる従業員にその能力を与えればいいのです。なぜなら、その従業員は会社の歴史を知っていて、事業の目的を理解していて、仕事のノウハウも知っていて、すでにさまざまな経験をしていて、お客さんのことも詳しく知っているからです。そんな従業員たちがAIを使いこなせば、生産性は格段に向上するはずです。
逆に、従業員が生成AIを使いこなせないと、ゲタを履くことができません。すると、競争力を失っていくことになるでしょう。経営上、このような状況を生じさせてはなりません。だから、国もAIを使わないことが最大のリスクになると言っているのです。
今、さまざまな生成AIのモデルが登場しています。よく「どの生成AIから使い始めればいいのですか」と聞かれますが、正直に言えば、どれを選んでもいいと思っています。なぜなら、主な生成AIについてはビッグテックが膨大な投資を重ねて性能競争を展開しているからです。この熾烈(しれつ)な競争から生まれる恩恵を全面的に受けたほうがいいと私は思うのです。
大事なのは、使い始めることです。
そして、もう一つ明確に言えるのは、生成AIの選び方では生産性に差がつかないということです。では、何で差がつくのか。それは、生成AIに指示する人間の能力です。生成AIに上手に指示をできる人こそが、その優れた能力を手に入れることができるのです。
Microsoft の生成AI「Copilot」について少し話したいと思います。まず伝えたいことはとてもシンプルで、Copilot はビジネスで一般的に使われるアプリの Word や Excel、PowerPoint、Teams に組み込まれていて、連携しているという点です。
アプリと生成AIが連携していると、どんなメリットがあるのか。具体的に比較してみましょう。
例えば、オープンAIの ChatGPT に「主な夏の野菜を表形式にしてください。野菜の名前、主な生産地、食べたくなるようなキャッチコピーを入れてください」と指示します。すると、ChatGPT は瞬く間に欲しい情報をきれいな表で示してくれます。
では、この回答を仕事で使いたいとき、私たちはどうするでしょうか。例えば、Word にコピーすると、形が崩れてしまってガタガタになります。すると、私たちは整った形にしようと、地味な修正を始めます。とても生産性の低い作業です。
もし、最初から Word に組み込まれた Copilot に指示したら、どうなるでしょうか。同じ指示をダイレクトにすると、Word のページ上にきれいな表が現れます。情報の内容は、基本的に ChatGPT が作ったものと同じです。しかし、形を整えるような作業は必要ありません。どちらが仕事として生産性が高いでしょうか。
アプリと連携している生成AIなら、話しかけるだけで生産性の高い仕事ができるようになるのです。いかに生成AIを使いこなすか。そういう時代になったということです。
繰り返しますが、重要なのは生成AIに指示する人間の能力です。具体的に言えば、物事を細分化して説明できるような言語能力を高くもつ人が、AIを使いこなすことができます。
実は、これと同じことを経済産業省も示しています。経済産業省は、生成AI時代のスキルの考え方として三つの力を示しました。
生成AIに指示するという能力は、問いを立てて、仮説を立てて検証し、評価し選択する力です。
ここで皆さんにお伝えしたいノウハウの一つは、生成AIへの指示を1回で済ませようとしてはいけないということです。IT業界では「チェーンプロンプト」と呼ばれるやり方です。
例えば、主要な国々の金利が一覧できる表を、出典を示して作りたいとしましょう。おそらく、多くの人は1回のプロンプトで作り上げるのが難しいでしょう。しかし、無理に1回で完結させる必要はないのです。むしろ、この表を作り上げるにはどのような工程が必要で、AIにどのように指示を重ねていけば完成できるのかを考える。そうしたほうが、たいてい早く表を作ることができます。
ゴールがどこにあるかを知っていて、そのゴールに向かって必要なことを細分化し、その細分化した流れを言語化できる能力が、生成AIを使いこなす上でとても重要になってきているのです。もっと言うと、このやり方は仕事の進め方の基本です。その基本を生成AIに対しても使えばいいのです。
今日から、生成AIと会話しながら仕事をしましょう。
今の私はいつも音声入力を使って生成AIと会話しながら仕事をしています。もし、私から音声入力と生成AIを取り上げたら、生産性はガタ落ちするでしょう。例えば、Word で仕事をするときは、ホームタブに音声入力(ディクテーション)のボタンを押してテキストを入力し、連携する Copilot を使って質の高い書類に仕上げていきます。
一つ作成してみましょう。
① Word の音声入力でテキスト作成
仲間に話しかけるように、例えば「2025年はほんとに暑かったですね。とにかく、まだ夏が終わってるわけじゃないんですけど、めちゃくちゃ暑いですよね。で、結果ですね、えー、最高気温だっけ。国内最高気温か。これはね、記録を更新したんですね。兵庫県の丹波市ですね、丹波市、丹波市というところでですね、最高気温が41.2度ですよ。めちゃくちゃ高いですね。で、その41.2度を記録した……」と入力する。
② Word と連携する Copilot に修正を指示
Wordのホームタブの中にある「Copilot」のボタンを押して、「ていねいで間違いのない正確な文章として作り直してください」と指示。一瞬で、誤字が修正されて、読みやすい文章に修正される。
③ 文章の質を上げる指示を出す
Copilot に「この全ての文章をさらに新聞記事となるようなていねいな文章に作り替えてください」と指示。すぐに、新聞記事のお手本のような文章が作成される。その文章の中には、元の文章にはなかった言葉も含まれる。また、タイトルや見出しも付けられる。指示者の能力だけでは生み出せない文章が作り出される。
④ Copilot に新たな情報を付加させる
Copilot に「世界の最高気温の話題も入れて、いくつかのサンプルを表形式にして付け加えてください」と指示。すると、元の文章の文体に合わせて新たな文章が付け加えられ、表も自動的に添えられる。
こうして四つの指示を段階的に出すと、質の高いレポートを短時間で作成することができます。今までなら、自分の手で誤字を直し、余計な言葉を削除して、文章を整えて、タイトルや見出しを付け、インターネットで調べ、データを集めて表を作っていましたが、今の私は生成AIに指示をするだけです。ただし、最初の原文や原案は私が作ったものです。だから、これは私のオリジナルコンテンツとなります。
生成AIと一緒に仕事をすれば、自分の頭の中にある知識やノウハウを上回るアウトプットをより速くできるようになります。これが「AIと会話しながら一緒に仕事をする」ということです。生成AIは、自分の隣にいて、自分より頭が良くて、話しかければ何でもやってくれる仲間なのです。使いこなせばケタ違いの生産性を手に得ることができます。
PowerPoint の Copilot を使えば、プレゼンテーション用のスライドを短時間で作り上げることもできます。
① PowerPoint の Copilot に指示を具体的に出す
例えば、「化粧品の原材料の種類を紹介するプレゼンテーション資料を作成してください。対象は中高生です」と指示すると、Copilot はまず構成案を提示。
② 提案された構成案に対して指示を入れる
例えば、Copilot が構成案として「基礎知識→原材料→細分化」などと示したら、これに対して「細分化のスライドを最初にして、化粧品を使うメリットや楽しさも追加してください」と指示すると、構成案を修正してくれる。
③ 資料を作成するように指示
修正された構成案に問題なければ、Copilot に「プレゼンテーション資料を作成してください」と指示。すると、自動でタイトルや図を含めて作り上げられる。
もし、全て自分で作ることにしていたら、まだ構成案を考えているところでしょう。しかも、その構成案は、自分の能力の範囲内でしか作ることができません。AIの Copilot と一緒に作れば、自分だけでは作り出せなかった資料を生み出せます。
もう一つ、生成AIを使うノウハウをご紹介しましょう。
例えば、英語で書かれた PowerPoint の資料を読む必要があるとします。このような場合、皆さんならどうするでしょうか。生成AIを使って翻訳するかもしれません。PowerPoint に組み込まれた Copilot に指示すれば、短時間で英語から日本語にしてくれるでしょう。
しかし、日本語に翻訳されても、そのプレゼンテーション資料を読むのに多くの時間がかかるかもしれません。私であれば、翻訳せずに、次のように生成AIを活用します。
① PowerPoint の Copilot に「この資料を簡単に説明して」と指示
英語の資料でも日本語で指示をすれば、日本語で資料の要約を提示してくれる。また、音声入力で話しかければ、音声で応答してくれる。
② さらに Copilot に「2枚目のスライドを詳しく説明して」と指示
最初の回答を得て、さらに知りたいところがあれば、追加で質問。すると、関連部分についての詳しい説明をしてくれる。
③ Copilot に「図の中にある『50%』はどんな意味?」と質問
資料の中で気になるところがあれば、生成AIにピンポイントで質問すると、その部分に関する内容だけを説明してくれる。
④ Copilot に「最後の8枚目のスライドを説明して」と指示
資料の最後には結論やまとめが書かれていることが多いので、生成AIにここに書かれていることを要約させる。
今、生成AIとは、ここまで自然に会話ができて、一緒に仕事を進められるのです。
Microsoft は2025年9月に Word や Excel、PowerPoint などのアプリに「エージェントモード」を搭載しました。このエージェントモードの機能を使うと、これまでの生成AIのように情報を教えたりまとめたりするだけではなく、自らアプリそのものを操作できるようになります。
例えば、Excel のシート上に自社商品の売り上げデータが並んでいるとします。このデータからKPIを設定したいと思ったとき、Excel に搭載されたAIエージェントに「主なKPIを考えて、そのKPIによる集計表を提示してください」と指示します。すると、私に対して「このデータであればこのKPIを設定すべきです」などと回答すると同時に、AIエージェントがシート上で列を追加し、新たな表を作ってくれます。まるで仲間と会話をしながら仕事を進めるような感覚です。
また、Microsoft は、さまざまなAIエージェントを選んで入手できるエージェントストアもオープンしました。なぜこのような取り組みをするのか。それは、世界中でこれから13億のAIエージェントが生まれると考えられるからです。
AIエージェントには無限のユースケースがあると考えられています。
皆さんの会社にマッチしたAIエージェントも必ず現れます。例えば、金融関係の会社向けに債権管理に特化したAIエージェントが作り出されるでしょう。あるいは、製造業の会社向けに、製造工程の管理に最適化したAIエージェントが開発されると思います。そして、このAIエージェントに指示をするときも、連携した Copilot が入り口となります。
Microsoft は、ソフトウェアカンパニーであり、同時にAIエージェントカンパニーでもあるのです。
間もなく、社会の中でAIエージェントが広がり始めます。皆さんにはその感覚をもってAIに向き合っていただきたいと思っています。間違いなく、仕事のやり方が自ずと変わっていくでしょう。逆に言うと、そのような変化をしないと、経営的なリスクが高まるということです。ぜひ、会社にいる全員がAIを使えるようにしてください。AIの活用はIT戦略にとどまらず、人材戦略、さらには経営戦略なのです。
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