目次
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株式会社エムニ |
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株式会社内田洋行 |
このセッションでは、前半は株式会社内田洋行の山口了以(インサイト推進部 特命部長)が担当し、後半はビジネスパートナーである株式会社エムニの下野祐太さん(代表取締役CEO)から話題を提供いただきます。
私が所属している内田洋行のスマートインサイト事業部は、データエンジニアリングを専門に扱う組織です。今、データサイエンスにおいて、データエンジニアリングは非常に重要なファクターになっています。理由の一つは「非構造化データ」を扱えることです。
企業内のデータには大きく「構造化データ」と「非構造化データ」があります。構造化データは、例えば表形式で整理整頓されているデータなど、数値や記号の値が1テーブルで整理されているデータです。一方、非構造化データは、装置から出てくるログやファイルサーバーに投げ入れられたドキュメントや画像など、データに規則性がなく表形式に変換できないデータです。この二つの量的な割合は、およそ2対8になると言われています。
データの活用効果を高める一つのポイントは、扱いにくい非構造化データを活用することです。私どもの仮想データ統合システム「Mμgen(ミュージェン)」は、この課題の解決を可能にします。これは主に三つの機能を備えています。
【Mμgenの機能】
私どもがメインで取り扱うプロダクト「MμgenGAI(ミュージェンジーエーアイ)」は、Mμgenを用いた「生成AIプラットフォーム」であり、すでにある社内・組織内の情報を活用して、生成AI機能が利用できるデータ収集やデータ整理、サーチエンジンなどが統合されています。導入いただいている企業は大手の製造業が多く、主に部門システムとして使われています。その中でも、品質保証業務で多く利用いただいています。
MμgenGAIの仕組みを簡単に説明します。
まず、企業内のさまざまなデータを毎日、自動的に集めます。次に、その中の非構造化データを整形してAIが扱えるようにします。そして、検索しやすいようにインデックスを付けて格納していきます。
MμgenGAIには、この作業を自動で行うベクトル化インデックスの機能が標準で備わっています。また、AIが格納された情報を参照して応答する仕組みのRAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)も搭載されています。
簡単に言うと、MμgenGAIは、エンタープライズサーチと生成AIが一つのプラットフォームに収まっているアプリケーションです。ダッシュボードの機能もあるので、いろいろな使い方ができます。例えば、ファクトデータに異常値があった場合、担当者はすぐに関連する社内ドキュメントをエンタープライズサーチで調べ、そこで得た複数の情報を生成AIにまとめさせるといったことができます。
製造業の導入事例を二つ紹介します。
一つ目は、組み立て製造業の事例です。このケースでの導入の目的はクレーム(Voice of Customer:顧客の声〈VOC〉)の自動分類でした。
こちらの企業は製品をグローバルに販売していて、毎日30件ほどのクレームが多言語で入ります。その中にはリコールにつながり得る情報も含まれます。顧客から直接届くこともあれば、販売店や修理工場から届くこともあります。以前は、担当者がクレームの情報をダッシュボードで確認して関連部門に照合するというオペレーションでした。しかし、毎日30件も来るので、時に見落としが生じます。また、クレームによって重要度が異なるので、この判断もしなくてはなりません。かなり負担の大きい業務になっていました。
現在、このクレームの分類はMμgenGAIで行われています。生成AIが多言語のクレーム情報を翻訳し、ガイドラインを参照して重要度を判定。そして、担当者にメールで知らせます。大きな特徴の一つは、生成AIがこのガイドラインを自律的に修正することです。また、ダッシュボードの機能もあるので、担当者はクレームに対してすぐに社内情報を検索して検証し、対策を立案することができます。
このように業務プロセスを変えたところ、業務の負担が軽くなっただけでなく、生じている問題の傾向をより早く把握することができるようになったという評価をいただいています。
もう一つ、化学品製造業での導入事例を紹介します。このケースでは、バリューチェーン上にあるさまざまなデータを統合することで、製品の企画・開発・製造・販売・保守を一気通貫で可視化し、情報共有や迅速な問題対応、全体最適を実現できるようにしました。
無理に各部門のシステムを統合するのではなく、データのみを集約して統合する点が特徴の一つです。代表的な使い方としては、例えば原料価格の変更にともなう影響範囲の特定です。ある原料の価格が変わったとき、どの製品にどれぐらいの影響があるのかを調べなくてはなりません。製品の価格を変えなくてはならないときもあります。これはとても手間がかかる業務です。
導入前は、担当者がプロセスを横断しながら製造現場にある原価表や販売先にある価格リストなどを手作業で調べていました。しかし、MμgenGAIを導入したことで、部門を超えるさまざまなデータを一つのシステム内で統合し、原料価格が変わったときの影響を一瞬でとらえることができるようになりました。
AIを用いたデータ活用は、これまでは主に「単体作業」として行われてきました。例えば、議事録の作成や翻訳、文章の要約、データ整理です。しかし、今後は「業務プロセス」での活用が重要になります。具体的には、製品設計や顧客対応、VOCやマーケット情報の活用などの業務プロセスです。
単体作業でAIを用いると、どうしてもAIが人間をサポートする活用にとどまってしまいます。業務プロセス全体の処理能力を上げたくても、人間の処理能力で制限されてしまうのです。
全体的な処理能力を上げるには、プロセスの最初から最後までをAIで自動化する仕組みが必要です。ポイントは、AIを使ってフィードバックループを作ることです。例えば、クレームの処理では単に情報を分類するのではなく、フィードバックループによってガイドライン自体も現状に合わせて更新するのです。すると、人間の能力に関係なく、業務全体の処理能力を上げることができます。
私どもが提供しているMμgenGAIは、ビジネスプロセス全体にAIを適用できるアプリケーションです。これを用いることで、ビジネスプロセスを自律的に実行できる基盤を構築できます。
後半は、株式会社エムニで代表を務めます下野氏 祐太から話題を提供します。
弊社は、製造業における生成AIの活用に特化したスタートアップです。東京大学大学院工学系研究科の松尾・岩澤研究室とビジョンを共有する「松尾研究所」から生まれた企業の一つで、AI研究の第一人者である松尾豊先生に当社の技術顧問を務めていただいています。
弊社には大きく二つの事業があります。
一つは「オーダーメイドAI開発」です。これは弊社の土台となる事業で、お客様の課題に対して一からフルカスタマイズのAIシステムを作り上げ、運用や保守も含めて伴走します。
もう一つはプロダクト事業です。弊社は、製造業における業務課題に特化したプロダクトを提供しています。例えば、知財領域で大幅に効率を高めることができる「AI特許ロケット」や、暗黙知の言語化や技能の伝承を効率的に実現できる「AIインタビュアー」などがあります。
弊社は2023年に設立されましたが、すでに製造業のお客様を中心に多数の取引実績があります。オーダーメイドAI開発について言えば、さまざまなユースケースでAI活用の支援を行っています。
今年は「AIエージェント元年」と言われています。
AIエージェントとは何でしょうか。簡単に言うと、単に人間からの指示を受けるのではなく、さまざまなツールを使って自律的に思考し行動できるAIのことです。もっと本質的なことをシンプルに言うと、「人間とAIの主従関係が変わる」ということです。
従来の生成AIの場合は、あくまでも人間が主体です。AIは人間をサポートするものなので、人間が指示を出し、生成AIがその回答としてアイデアを出したり、推論をしたりします。
しかし、AIエージェントは違います。この関係性が逆になります。AIエージェントは、ゴールが与えられると、そのゴールに対して「これをしなければならない」と自律的に考えて実行します。だから、ユーザーに対して許可を求めたり、選択肢を提示して選ぶことを求めたりします。つまり、AIが主体となるのです。
この主従関係の逆転こそがAIエージェントの本質です。今後、この技術が発展することによってAIを中心とした業務プロセスが広がっていく可能性があります。
弊社のプロダクトを用いたAIエージェントの活用例を二つご紹介します。
一つ目は「AIインタビュアー」の活用例です。このプロダクトの特徴は、AIと話すだけで暗黙知の抽出や技能の伝承を実現できることです。
企業などの組織において、人間がもつ知識や技能などのナレッジはその深さに応じて4つの階層に分類できると考えています。その4つとは、①言語化されている「形式知」 ②過去の経験などの「潜在知」 ③経験則などの「暗黙知」 ④感覚的な「肌感覚」です。弊社のAIインタビュアーは②「潜在知」と③「暗黙知」をターゲットにして、人間の頭の中だけにあるナレッジを抽出して言語化を図ります。
製造業では、人間の頭の中にあるナレッジの収集や蓄積、活用ができていない現場が広く見受けられます。特に、ベテランの方からナレッジを網羅的に引き出すのが難しいという課題があります。
この課題に対して、弊社はAIエージェントを用いることで解決を図りました。
AIインタビュアーでは、AIエージェントが潜在知や暗黙知をもつ人をインタビューし、頭の中にあるナレッジを収集して蓄積していきます。そして、ナレッジを求める人がAIとチャット形式でやり取りすることで継承を図ります。
他のツールと比較して、AIインタビュアーは人間の頭の中からナレッジを高い確率で抽出できます。例えばマニュアル作成支援ツールを使っても、結局は人間が自ら暗黙知を頭の中から抽出しなくてはならず、その難易度は高いままです。しかし、AIエージェントを用いれば、ナレッジをもっている人は、AIに聞かれたことに回答するだけです。気づけば、潜在知や暗黙知を言語化できています。人間とAIの主従関係が入れ替わって「インタビュー」という形に落とし込んでいるのが、このAIインタビュアーの画期性です。
2つ目の例は「AI特許ロケット」の活用です。
昨今、経営戦略における知財情報の活用(IPランドスケープ)への期待が大きくなっています。しかし、IPランドスケープの調査や分析が十分に実施できていないのが現状です。特許庁の調査(令和3年4月「経営戦略に資する知財情報分析・活用に関する調査研究」)によれば、対象企業の8割弱がIPランドスケープの必要性を認識しているものの、実際に実施している企業は2割程度にとどまります。
なぜ難しいのか。主に三つの理由があると考えています。
【IPランドスケープの難しさ】
この課題に対して、弊社は「AI特許ロケット」を開発しました。
これまでは、経営企画部や開発部の要望を受けて知財部が数百件以上の特許を一つ一つ調査していましたが、AI特許ロケットを活用すれば、AIが膨大なドキュメントを一気に読み込んで瞬時に回答を得ることができます。
【「AI特許ロケット」の特徴】
しかも、独自のアルゴリズムによって実務レベルの精度で回答します。
我々は、多くの企業で「経営に知財を」が実現できると考えています。これまではPDCAの1サイクルがとても長かったのでうまく回すことができませんでしたが、AIを活用することで分析や可視化に費やしていた時間を短縮でき、何回もPDCAを回すことができます。その結果、本来的に欲しかった示唆を得ることができるようになったのです。
【「AI特許ロケット」が提供する価値】
山口(内田洋行):AIのLLM(大規模言語モデル)の回答精度を上げるには、データをうまく整備して、AIが企業内のデータを参照したり学んだりできる環境を作り上げることが重要です。ただ、この作業は容易ではありません。下野氏さんはこれまでにどんな工夫をしてきましたか?
下野氏(エムニ):おっしゃる通り、データ整備は重要です。いかにデータを整理しグループ分けをするか。また、グループ分けをしながら、いかにタグ付けをしていくか。「こういう質問が来たらこのデータベースを参照する」といった設計を細かくするほど、AIの回答精度は上がっていきます。
しかし、そのデータの整備には毎回とても苦労します。
データが部署ごとに分かれていたり、あるいは扱い方が異なったり、用途が違うデータと混在していたりします。ただ、このデータ整備には魔法のつえのようなやり方はありません。地道にやっていくしかないというのが正直なところです。
一つ言えるのは、目的を見失わないことです。目的を明確にして「このチャットボットではこれをしたい」といった活用イメージをはっきりもてると、想定問答集を作ることができたりして、データのグループ分けのやり方も見えてきます。
山口:AIが適用しやすい業務はどのようなものでしょうか。これまでの経験で得た知見があれば教えてください。
下野氏:最も重要なのは、お客様が最終的にどうなりたいのかという点です。ツールを使うこと自体が目的ではありません。我々は、まずお客様に対して現状の業務フローをうかがいながら、必ず「To-Be(トゥービー:目指す姿)」について深く尋ねていきます。すると、現在と未来の差分が明らかになるので、その差分を深掘りしていくと、自ずと課題が見えてきます。その課題を解決するためにAIをどのように使えばいいのかを提案します。
つまり、課題が浮き彫りになって初めてAIの活用について話ができるわけです。古典的ではありますが、まずは目指す姿を定義していくことが本質的なポイントになると思っています。
山口:AIを活用したプロジェクトを成功に導くには、どのようなことが必要だと考えますか?
下野氏:プロジェクトを成功させるには、まず対象領域の専門性について詳しくなることが重要だと思っています。専門性の違いによって、扱う情報の効果が変わってくるからです。また、プロジェクトの期間は限られています。データ構築の優先順位をうまくつけることも重要です。そのためには、やはり対象領域の専門性に対する理解を深めることが不可欠です。さらに、お客様との関係性も、受発注の関係ではなく、パートナーの関係を築くことも大事で、この関係で対象領域の専門性の理解が進むとプロジェクトの成功もしやすくなると感じています。
山口:ありがとうございました。