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【UCHIDA ビジネスITフェア 2025】 レガシー刷新のリアル
〜石井食品が歩んだAS400脱却のストーリー〜

2025/12/11 [食品,ERP,セミナーレポート]

30年以上使い続けてきたAS400からの脱却――。
本セッションでは、石井食品が実際に取り組んだレガシー刷新のプロセスを題材に、「なぜ変える必要があったのか」「なぜ難しいのか」を紐解きながら、段階的な移行設計、見積もりやコストの現実、そして現場を巻き込む工夫など、実践的なノウハウを紹介します。
AS400からの脱却という大きな断絶を乗り越え、確実に「次」に進むための現場の知恵をお届けします。

石井食品株式会社
代表取締役
石井 智康 氏

石井食品株式会社
外部CTO
和智 右桂 氏

長い時間をかけてブラックボックス化した「AS400」

和智様(司会):このセッションでは、石井食品が挑んだ旧来システム「AS400」からの脱却について、代表取締役の石井智康と、外部CTO(最高技術責任者)の私、和智右桂からご紹介します。

石井様:私は2018年から代表取締役を務めていますが、もともとはITエンジニアでした。今回、強い意欲と関心をもってAS400というレガシーシステムの刷新を社内で提案し、積極的に取り組みました。しかし、想像以上に大変でした。そのあたりの苦労も含めて、皆さんに役立つ話をしたいと思います。

登壇者紹介

和智様:皆さんは「レガシー刷新」と聞いて何を思い浮かべるでしょうか。おそらく、レガシーシステムのリプレイス、具体的にはAS400の脱却について何らかの興味や関心、あるいは不安があるのだと思います。たぶん、次のようなことを漠然と考えているのではないでしょうか。

IBMが開発したAS400は、堅牢なシステムで故障がほとんどなく、長期間にわたり多くの企業で現場を支えてきました。しかし、その堅牢さゆえに「止まらないから変えない」という構造が生まれます。使い勝手が悪くなっても、致命的な障害が起きないため、利用が継続されてしまうのです。長く動き続けるシステムには次々と機能が継ぎ足され、業務ロジックが内部へ深く埋め込まれていきます。結果として、「そろそろ別のシステムに移行したい」と考えたときには、膨大な機能を掘り起こして再設計する必要があり、莫大なコストが発生します。
このようにして、強固で信頼できるシステムほどレガシー化しやすく、抜け出しにくい状況を生み出してしまうのです。

なぜ「レガシー刷新」は、いま語るべきテーマなのか?

では、なぜ「レガシー刷新」が必要なのでしょうか。その理由は大きく三つあると思います。

【レガシー刷新が必要な理由】

  • 運用保守が属人化・ブラックボックス化
    ・長い時間をかけて、個別最適が積み上がっている
  • 若手が扱えず、継承が困難
    ・研修でJava、最近ならPythonは習うが、RPGは教わらない
  • 外部環境の変化に追随できない
    ・現代的な業務連携(SaaS・他システムとの連携)にはWeb APIが前提
    ・AS400の業務ロジックは内部完結/バッチ前提が多く、リアルタイム連携が困難
    ・データを外に出すにも中継層・変換処理が必要で、コストと複雑性が跳ね上がる

AS400は本当に素晴らしいシステムです。しかし、優れているがゆえに、企業の成長にブレーキをかけてしまうことがあります。壊れない・止まらないシステムは、いつしか「変えられないシステム」へと変化していくからです。単純に言えば、「思い切ってシステムを置き換えればいい」という話なのですが、これは容易ではありません。
第一に、長い時間をかけてAS400がブラックボックス化してしまっているからです。いざ置き換えようとすると、「何を、どう置き換えればいいのか」と立ちすくむことになります。

また、ばく大な費用をかけてレガシーシステムを刷新する以上、「新システムの機能は今までのシステムと同じです」とは言えません。だから、業務改革なども同時にやりたくなります。しかし、そこまでやろうとすると、コストがさらに重くなっていきます。決断がいっそう難しくなっていきます。

リプレイスと業務改革は同時にやらない

和智様:弊社の以前のシステムはAS400が主軸でした。構造を簡単に説明すると、AS400の販売管理システムを中心に、その周囲にベンダーが開発した複数のシステムがあり、互いにつながっている形でした。ただ、その連携は完璧ではなく、一部には手作業が残っていました。

このレガシーシステムから脱却するにはどうすればいいのか。
私たちはまず作戦を立てました。

最初に立てた方針-1

石井様:特に重要なのは作戦①の「『リプレイス』と『業務改革』を同時にやらない」です。ここが成否の分岐点だと思っています。

私はかつてITコンサルタントの会社にいたので、「リプレイスにあわせて業務改革も一緒にやりたい」という経営的な欲求をよく理解しています。投資に対するメリットが示しやすくなるからです。

でも、今こうして事業会社に入って思うのは、現場のメンバーは日々のオペレーションで精一杯だということです。そうした状況でシステムをリプレイスし、さらに業務オペレーションも変えるとなると、現場にとっては三重苦です。耐えきれないでしょう。高いコストを払って多くのコンサルタントに入ってもらい、業務改革を一気に進めるという方法も理論上はあるかもしれません。しかし、私たちは「まずはリプレイスに集中し、業務改革はその後に段階的に行う」 という方針を採用しました。

「レガシー刷新」を機に人を育てる仕組みを作る

石井様:経営の観点から言うと、レガシーシステムがもつ最大の問題の一つは、現場からカイゼンマインドが失われていくことです。長年、同じシステムを使い続けると、次第に「システムは変えられないものだ」という空気が強まります。少しの改善をしたくても、複雑化した仕組みに手を加える必要があり、ベンダーの見積もりには数百万円と書かれている。そうなると、現場のメンバーは提案することすらあきらめてしまうようになります。

和智様:そこで私たちが立てたもう一つの重要な作戦が「レガシー刷新を、人と組織を育てる機会にする」という方針でした。

最初に立てた方針-2

レガシーシステムの大きな問題の一つは、そのシステムを扱える人がどんどん減っていくことです。誰も中身がわからない、触れない、変更できない。そうなると、業務を変革しようとしても「できる人がいない」という理由でブレーキがかかります。ですから、AS400から脱却するのであれば 、単に「システムを刷新する」のではなく、「システムと人が一緒に育つ仕組みを作る」ことが欠かせません。人が育つから新システムが生きる。新システムが生きるから、組織が未来に向かって安定的に進んでいける。この循環を作ることが重要です。

石井様:結局のところ、システムはただの道具にすぎません。大事なのは、その道具を使いこなせる「組織」をどう作るか、ということです。本来これはシステム導入や更新とセットで考えるべきテーマなのですが、計画の表には出てきません。でも私は、この部分こそが成功の鍵だと思っていました。

弊社ではまず「ITパスポート」の受検を奨励することから始めました。すると、全国に三つある工場で受検し始めるメンバーが現れてくれました。そういう意欲的なメンバーたちに協力してもらいながら、全社的に「カイゼンマインドをもってITを使いこなしていく」という意識を高めていったのです。

どんなに良いシステムでも最初は使いづらいと感じるものです。旧来のAS400は何十年も使ってきたものなので、とても使い慣れています。このプロジェクトの最初のフェーズで私がよく社員に言ったのは「このリプレイスはファミコンからプレステにするようなもの」ということです。最初はボタンの数が増えて戸惑っても、気づけば使いこなして今までにない世界観を味わっている。そんな話などをしながら「AS400から脱却するぞ」という空気を全社で醸成していきました。

なるべく早く現場を「レガシー刷新」の仲間にする

和智様:このプロジェクトの滑り出しは順調でした。特に最初のフェーズで力を入れたのは「現場の巻き込み」です。

開発の進行

昨日までキーボードで操作していたものが、今日はマウスで操作するようになる。それだけでも、現場の方々には少なからずストレスがかかります。そこで、今回一緒に取り組んでもらった内田洋行ITS様にお願いして、現場のメンバーが新しいシステム「スーパーカクテル」に、できるだけ早い段階で触れられる環境を整えてもらいました。実際に触って試してもらう時間を増やしたところ、自ら積極的に新しいシステムを学ぼうとするメンバーが現れ始めたのです。

石井様:基幹システムを入れ替えるとき、現場と情報システム部が対立しやすくなるものです。私も前職の仕事でそのような経験をしたことがあります。この対立を生じさせないために、早い段階で現場のメンバーを「レガシー刷新」の仲間として巻き込む工夫をしたわけです。

現場では毎週、ある程度の時間を設けて、「次はこの状況を想定して操作してみよう」とシステムに触ってもらい、その中で「ここが使いにくい」という指摘や「こうしてほしい」という要望をシステム部門に対して出してもらったのです。そうすることで、現場とシステム部門との間でコミュニケーションが自然と増えていきました。この工夫は、今振り返っても良かったと思っています。

「レガシー刷新」の開発の終わりが見えなくなっていく

和智様:最初は順調に進んでいたプロジェクトでしたが、そのまますんなりとはゴールにたどり着くことはありませんでした。やがて「レガシー刷新」ならではの難しさに直面したのです。

まず大きな壁として現れたのは、EDI(電子データ交換)の開発でした。加工食品業の性質上、いろいろな販売先のお客様がいらっしゃいます。それぞれ個別のEDIを作る必要があり、この工数が肥大化していきました。「いくらやっても終わらない」という状況に陥ってしまい、スケジュールが遅れ始めました。

また、今回のリプレイスを機にシステムの機能の整理もしたのですが、「この機能は不要だろう」と外したものが後になって「どうしても必要だ」と復活することがたびたびありました。そのたびに追加の予算が必要となりました。苦い振り返りになってしまうのですが、正直、見積もりがとても難しかったです。

終わらないEDI開発

石井様:長く運用してきたシステムになると、それを設計した人や開発をした人がもはや社内にいないケースがよくあります。そのため、レガシーシステムにある多くの機能が「どれほど重要なのか」がよくわからないままプロジェクトが始まります。そして、いざ現場で新システムの検証をすると、「あの機能はやっぱり必要だった」という事実が次々と明らかになってくるのです。これは何度も起こりました。

また、開発費用が増えてしまったことについては、システムにあまり詳しくない取締役に納得してもらうのは本当に大変でした。特に社外取締役への説明には非常に苦労したことを覚えています。「レガシー刷新」において、非技術系役員への説明や合意形成は、システム担当者が必ず直面する大きな壁です。

3ステップで高コストの「レガシー刷新」をとらえる

和智様:いろいろなことがありましたが、最終的にはシステムのリプレイスを完了することができました。ただ、スケジュールは1年ほど遅れて、予算は億単位でオーバーしてしまいました。このオーバーした予算の大半は、「スーパーカクテル」とは別に、パッケージの外側で内製したソフトウェアにかかったものです。

リプレイスの完了

オーバーした予算の半分は、もしかしたら避けることができたかもしれません。ただ、今振り返っても、それはやはり難しかったかもしれないという印象もあります。

今回、すべてをパッケージに頼るのではなく、業務上の改善ポイントについては内製で機能を追加できたことは非常に良かった点です。その結果、現場のメンバーが日々の業務の中で「この方が良くなる」と気づいた部分を自ら改善できるようになりました。

ただし、システムが柔軟になったからといって、業務改革が自然に前へ進むわけではありません。業務改革には、戦略的に実行するためのプロセス設計が必要です。

石井様:今回の取り組みでは、業務改革の優先度はあえて下げました。しかし、経営としては今後、業務の効率化を進めていきたい。そして、AS400では難しかったことにも挑戦して、新たな付加価値を生み出したいと考えています。

重要なのは「ステップ感」です。

その後に起きたこと

「レガシー刷新」では、ステップ1(基盤整備フェーズ)では苦労が多く、ばく大なコストがかかります。しかし、ステップ2(使いこなしフェーズ)やステップ3(付加価値増加フェーズ)と進むことで大きな変化を生み出すことができます。

私たちは今、ステップ2に入ったところです。なるべく早く新システムに慣れながら、現場のアイデアで工数を削減したり、業務改善を進めたりしています。付加価値創出の取り組みも少しずつ始まっています。

AS400から脱却して本当に良かったと思うのは、社員の間で「改善しよう」「今までできなかったことをやろう」というモチベーションが高まってきたことです。この背景には、各部署でデータをすぐに取り出せるようになったことがあります。

和智様:ここに示したステップ感は、おそらく多くの企業で汎用的に使えると思います。計画づくりや予算獲得の際にも、「ステップ1〜3のロードマップ」を示すことで、上長や取締役の理解を得やすくなるでしょう。

「レガシー刷新」で新たな企業文化を醸成する

和智様:今回の「レガシー刷新」で私たちが得た学びは大きく二つあります。

結論

石井様:「開発費=年間保守費×年数」という公式は、今回の経験から生まれたものです。例えば、システム改善やメンテナンスに年間1,000万円かけていたとすると、25年間で2億5,000万円を投じてきたことになります。つまり、レガシーシステムにはそれだけの価値が積み上がっているということです。レガシーシステムのリプレイスには、最大でそれぐらいの金額がかかる。そういう前提で取り組まないと、経営的にきつくなっていきます。

改めて振り返っても、予算の見積もりは本当に難しかったです。追加開発の費用は必ず発生します。だからこそ、初期見積もりだけで全予算を固定しないことが重要だと痛感しました。

和智様:もう一つ思うのは、レガシー刷新の本質的な意味はシステムを扱う人と文化を育てることにあるのではないかということです。「システムを変えられないから業務も変えられない」という意識を脱し、「自分たちの成長に合わせてシステムも変えていく」というマインドを育む――これこそが、レガシー刷新の最も大きな価値だと思います。

石井様:経営者の皆さんには、単なるコストや技術の問題としてではなく、「人を育て、企業文化を作る機会」としてレガシー刷新を捉えていただきたいと思います。またシステム部門の皆さんには、こうした観点を経営層にしっかり提示し、巻き込んでいくことをおすすめします。

経営者として率直に申し上げると――レガシーシステムを切り替えるのは本当に大変でした。しかし、このハードルを越えたことで、これまでとはまったく違う景色が見えています。それを今、とても強く実感しています。

リプレイス後の感想

今回の取り組みで得た知見は、多くの企業にとって役立つものだと思います。特にAS400のリプレイスでお困りの方に対して、少しでもサポートできればと思っています。これからも積極的に情報発信を続けていきます。

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