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【UCHIDA ビジネスITフェア 2021】 住友化学のDX戦略 〜素材産業におけるデジタル革新の取り組みステップ〜

2021/12/3 [化学,セミナーレポート]

急速な環境変化を受けて「デジタルトランスフォーメーション(DX)」に向けた取り組みが重要性を増している一方で、推進体制の整備や戦略策定の進め方について悩まれている企業様も多いのではないでしょうか。本講演では「デジタル革新による生産性の飛躍的向上」を中期経営計画の一つに掲げられている住友化学様のDX戦略について、IT部門の立場でどのように取り組んでこられたのか、『IoTNEWS』代表の小泉耕二様がインタビューする形で今後の展望も踏まえてご紹介いただきます。

住友化学株式会社
ITスペシャルアドバイザー 兼
SUMIKA DX ACCENT 株式会社 代表取締役社長
土佐 泰夫 氏

株式会社アールジーン 代表取締役
IoTNEWS 代表
小泉 耕二 氏

まず経営層の啓蒙が必要

小泉(インタビュアー):『IoTNEWS』の小泉です。『IoTNEWS』は、AIやIoT、DXなどに関わるさまざまな情報を発信しているメディアです。今日は、住友化学株式会社の土佐様にいろいろとお話をうかがいます。よろしくお願いします。

土佐(住友化学):素材産業である住友化学がどのようにデジタル革新に取り組んで来たかをお伝えしたいと思っています。
会社における私の歩みは、ほとんどITの分野でした。この約40年間に起きた様々な情報システムの変化に関して、そのすべてに携わってきたと思っています。現在は「ITスペシャルアドバイザー」とDX推進のためのジョイントベンチャー「SUMIKA DX ACCENT」の経営を担当しながら、住友化学のDXに携わっています。

当社の概要については次の通りです。

スライド資料:数字でわかる住友化学

小泉:御社のデジタル革新の取り組みはいつから始まったのでしょうか。

土佐:それは2015年10月ということになると思います。当時、スマート工場などのエコシステムを構築する「インダストリー4.0」の重要性が語られていて、私がそれに関する本を読んだら、経営層の啓蒙がまず必要だと書かれていました。「なるほど!」と真に受けていたところ、ちょうど全役員の前で話す機会を得て、「IoT時代における業務革新及びワークスタイル変革について」というテーマでデジタル化推進の必要性を1時間以上説いたのです。それが2015年10月でした。

スライド資料:デジタル改革の取り組み-1

小泉:その「説く」というのは、教育するような感じなのでしょうか?

土佐:いえいえ(笑)。とにかくいろいろなところから情報を引っ張ってきて、「これは当社のビジネスに直結する話で、何もしなければ大変なことになりますよ」という伝え方をさせていただきました。

ただ、このような新しい概念の話は、たいてい聞いてもすぐに伝わるものではありません。そこは予想していたので、具体的に取り組みたいことを並べて訴えたところ、熱意は伝わりまして、特に反対はなく、実際に実績を地道に積み上げていく「創世記」がスタートしました。

スライド資料:デジタル改革の取り組み-2

この1年ほどの取り組みはどこか布教活動に似ていました(笑)。最初は社内やグループ内に声をかけて、「PoC」(Proof of Concept:概念実証)としての実証事業を募集することから始まりました。そして、上のような流れで、最後は中期経営計画に明記されるようになったのでした。

「これは使える」という声が現場から

小泉:他の企業では、経営計画に「DXに取り組む」と書いてあるだけの例もよく見られます。当時の御社の場合はどうだったのでしょうか。

土佐:次のスライドをご覧ください。2016〜2018年の中期経営計画で示されたDXの取り組みです。わりと堅実に始められたと思います。

スライド資料:検討に着手する主な業務革新プロジェクト

当時はまだ「DX」という言葉すら認知されておらず、このときに出した五つのプロジェクトも、曖昧な表現をしているところがありますが、まずは方向性を中期計画で示せたので、これはこれで良かったのではないかと思います。

翌年の2017年6月になると、DXの位置付けが少し変わって、「持続的成長に向けた取り組み」となりました。ポジションが少し上がったというか、焦点がだんだんと合ってきたという感じです。取り組む対象分野の分け方もきちんと整理できて、それぞれで「進化したICT技術」で核心的な取り組みを実践しようとなりました。

スライド資料:持続的成長に向けた取り組み Iotプロジェクト

それでもまだ「スピードアップ」や「効率化」というところに焦点が当たっています。しかし、半年後の2017年11月になると経営戦略でも「持続的成長に向けた取り組み」から「持続的成長を支える取り組み」という意識に変わっていき、DXの上にビジネスを載せていくことを考えるようになっていきました。

また、このころから取り組みの実績も出始めました。例えば、工場の保全業務では、様々な資料や記録を電子化して、「これは使える」という声が現場から出ました。それまでは事務棟でファイリングされている紙の資料を必要になる度に持ち出して工場の現場などで使い、また必要になると事務棟に改めて取りに行ったりするような非効率的なことをしていました。

その書類を電子化してタブレットで見られるようにしたり、報告などもタブレットを使ってその場でできるようにしたりすることで、工数にすれば3〜4割も減らすことができたのです。また、報告や記録する内容なども、手書きの書類のときよりもかなり精度が高くなりました。

スライド資料:持続的成長を支える取り組み Digital Plant

その後、2018年6月になると、初めて「デジタルトランスフォーメーション」という言葉が経営戦略の場で使われるようになりました。そして、これからは全社的に本格展開しようとなりました。「AI」や「MI」(マテリアルズ・インフォマティクス)、「RPA」(ロボティックプロセスオートメーション)という言葉も出てくるようにもなりました。

現場の問題意識がDXを受け入れさせる

小泉:新たな中期経営計画が2019年に策定されたと思います。DXはどのような位置付けになったのでしょうか。

土佐:「デジタル革新による生産性の向上」ということで、効率化だけではなくて「質そのものも上げよう」ということになりました。既存のITコストを含みますが、600億円を投入することになり、本気度がかなり高まっていきました。

スライド資料:デジタル革新による生産性の向上

日本の労働力の減少を考慮すれば今後、工場においては、もっと省人化できるように生産性を飛躍的に上げなくてはなりません。これを実現するためにはデジタル技術がとても有効なツールになると、DXが明確に意識されるようになりました。

スライド資料:デジタル革新による生産性の向上 デジタルプラント

また、当社は化学メーカーなので、研究開発で新しい材料をより早く生み出すことが「一丁目一番地」の大事なところです。そのスピードアップをデジタル革新で取り組むことは、もう「待ったなしだ」という意識にもなりました。

スライド資料:デジタル革新による生産性の向上 デジタルR&D

小泉:数年間という短期間でここまで変化したことに驚きを覚えます。その背景には、成功事例の積み重ねや社内的な周知があったのでしょうか。

土佐:それはあると思います。経営層から「会社として取り組む」というメッセージが継続的に出されましたし、実際の現場の取り組みも、自分のところでやっていなくても、隣でやっていれば現実感が増してきます。そうやって、だんだんと意識が高まったのではないかと思います。

小泉:御社のような企業では、研究・開発・製造という大きな業務の流れがあると思います。新たな競争力を生み出すために、例えば研究開発の分野ではどのようにデジタル技術を取り込むのでしょうか。例えば、情報システム部門にいる方がトレンドを追いかけて特定の新デジタル技術を取り入れようと決め、それを研究開発の現場に伝えて実現を図るようなやり方なのでしょうか。

土佐:いや、そうではありません。研究開発にいる者は仕事で使えるデジタル技術のことを詳しく知っていますので、情報システムの者より理解しています。両部門が連携するのは、新しいデータ技術というよりも、例えばデータをどうするかというところです。

研究開発の現場では今、データ基盤をいかに構築するかが重要になっています。かつて紙に書かれた実験時の数値などはすべてデータ化されていなかったり、データがあっても使える形になっていなかったりするので、そこをいかに整えるのか。こういった問題を解決するときに、情報システムのエンジニアが貢献していくのです。

小泉:なるほど。では、製造の分野では、どのようにデジタル技術を取り込み活用しているのでしょうか。

土佐:一言で言えば「デジタルプラント」の形で、いろいろなところでデータを取る機器を設置して分析し、新たなデジタル技術を検討して導入することで、生産性を高めようとしています。

デジタル技術を導入し始めたころにあったエピソードなのですが、AIがある製品の品質を調べたところ、現場は「それに影響を与える変数は7つだろう」と言っていたのですが、実はそのうち3つは関係なくて、気付いていない変数が8つもあったそうです。エンジニアが面目を失いそうになる状況ですが、現場ではエンジニアリングの視点でその結果を改めて見直して「なるほど!」「気付かなかった!」と受け入れ、AIは人間に気付きを与えてくれるものとして「使える!」と認識するようになったそうです。

小泉:「当たり前だ」と思っていることでも、なぜかうまくいかないことがあったりします。それなりにデータを取っているのであれば、AIにかけて分析してみるのは意味あることなのかもしれません。

土佐:そうです。「おかしい」「うまくいかない」と思うのは、見つけられてない因子があるということです。それをAIで見つけましょう、ということだと思います。

もう一つ言うと、ここで大事になるのは現場の問題意識です。先ほどの例では、「変数は7つだろうけれど、どうもうまくいかない」という問題意識がありました。だから、意外なAIの結果でも受け入れられたのです。問題意識があるからこそ、今までのやり方を変えようと思えるし、そうすると新たな結果も出るし、横で見ていた人が「うちもやりたい」となっていくのだと思います。このサイクルをもっと回していきたいと思っています。

「DX戦略1.0」から「2.0」「3.0」へ

小泉:最近ではどのような進捗を見せているのでしょうか。

土佐:次のスライドは2020年5月の経営戦略説明会で示したものなのですが、プラント、オフィス、研究開発(R&D)、サプライチェーン・マネジメント(SCM)の4領域でそれぞれの実績が出ています。

スライド資料:4領域でのデジタル革新

オフィスのところで「RPAで代替」と書かれているのですが、私はこれを現行業務に単純に導入することについては「いかがなものかな」と思っているところもあります。RPAで自動化させる業務の中には、本来ならシステム間のインターフェースを整えて対応すべきものがあるだろうと思っているからです。なので、RPAの導入は業務プロセスやビジネス上の効果を見極めながら進めています。

小泉:2020年11月に御社は「DX戦略」を策定しました。どのような内容なのでしょうか。

土佐:大きな特徴は、マイルストーンとして「DX戦略1.0」「DX戦略2.0」「DX戦略3.0」を定めて、先を見通しているところです。

スライド資料:デジタル革新による生産性の向上 当社のDX戦略マイルストーン

「DX戦略1.0」は生産性向上であり、これはコーポレートの主導になります。一方で、「DX戦略2.0」は既存事業の競争力確保で、簡単に言えば「売上高を上げましょう」ということになり、これは必然的に事業部門主導のDX戦略となります。

また、「DX戦略3.0」は、DXを持続的な取り組みとして定着させて新たなビジネスモデルをそこから作り出せるようにするという戦略です。全社員がDXを使って仕事を考えて取り組めるような、ある種の「文化」あるいは「社風」のようなものを作り出したいと思っています。

小泉:DXの定義がこの2年の間でいろいろと議論されてきましたが、そこから見えてきた定義は、今示された「DX戦略1.0」の内容に近いものではないかと思います。つまり、ビジネスプロセスあるいは業務フローを見直しながら進めるDXで、いわゆる「守りのDX」とも呼ばれるものです。御社の場合、その段階から「2.0」「3.0」と進んで行くと、外の顧客に向かっていき、「攻めのDX」になっていく流れになっていると思いました。

ただ、守りを固めてから攻めに転じるのは常套(じょうとう)だとは思いますが、いきなり「攻めのDX」を始めることはできないものなのでしょうか。

土佐:いきなり攻めるのは難しいと思います。例えば、お客様に対して「DXでこれをやりましょう」と提案しても、自分の会社を振り返ったときにデータの準備すら整っていなかったら、「どうしよう困った」となってしまうと思います。

そもそも社内の「1.0」のところが出来上がっていないと、サプライチェーンでお客様とつながろうとしても、自分の会社のところでスタックしてしまいます。これではまったく意味がありません。ただ、「1.0」「2.0」「3.0」と示していますが、これは順番ではなくて同時並行で進めるべきものであり、その中で「1.0」が基盤になるというイメージです。

小泉:御社は、戦略的アプローチとして「商売にもDXを取り入れていく」という意識をもっているのでしょうか。

土佐:「もっている」というより、「そうならなくてはならない」と思っているところです。今のところはまだ「DXは目の前の課題解決として使えるツール」という認識が主であり、実際に「1.0」に取り組むと確かに効果が目に見えて上がるので、さらにもっと「1.0」をいろいろとやりたくなります。

しかし、その段階でとどまってはなりません。ここが大事なところで、「2.0」を意識しながら「1.0」に取り組む、ビジネスモデルを変えるぞと大上段に構えなくても、例えばお客様との接点の種類をDXで増やせないかと具体的に考えていくようなことが重要だと思っています。

スライド資料:デジタル革新による生産性の向上 デジタル革新への取り組みを加速

上のスライドは直近の2021年6月の経営戦略説明会で示したものです。「1.0」を継続しながら「2.0」に取り組む必要性を訴えました。ただ、総花的に取り組むのは難しいので、効果が出そうなところをモデル事業として選んでデジタル技術を投下し、実際にどのような成果が出るのかを見たいと思っています。

小泉:土佐さんが考えるDXの一番大事なポイントを教えていただけないでしょうか。

土佐:一番は「これはビジネスである」ということを忘れないことだと思います。デジタルの怖いところは、その技術がとても面白いということです。それに魅了されてしまうと、単にデジタル技術を導入するだけの話に進みそうになります。それは危険です。

その目的は何かと冷静に考えれば、ビジネス以外に答えはありません。そのDXは、自分たちのビジネスにとってどんな意味があり、どんなインパクトをもたらすのか。常にそういう問いかけを自分に対して、人に対して続けていくことが重要だと思います。

小泉:ただ、デジタル化の目的を考えるあまり、わかりやすい「コスト削減」ばかりに走ってしまい、余裕を失って「攻め」に転じにくくなることはないでしょうか。実際、わかりやすい結果を追い求めるあまり、デジタル化が硬直化してしまっているケースをよく見ます。このようにならないようにするには、どうすればいいと思われますか。

土佐:そこは「こっそりやる」ということでしょう(笑)。小泉さんのご指摘の通りで、遊びがまったくなくてデジタル化を進めると、結果が見えてくることしかやらなくなっていきます。しかし、結果が見えないことをやるからこそ、それまでなかった新しいものが見えてくるのです。

小泉:土佐さん自身が、遊びのある、心の余裕をもっている方なのでしょう。社内に「新しいことをやってみよう」と思える人がどれくらいいるか。それが会社を次に進める推進力になるような気がします。

土佐:そう、最後はやはり人材です。このようなDXをやりたいと思う人は、必ず一定程度はいるはずなので、そのような人たちにきちんとDXの仕事をやってもらうことが重要です。そして、ある程度まで勝手にやらせる。任せる側の度量も相当に必要となると思います。

未知のことに挑みたいと思っている人をつぶさず、生かすようにすること。このDXでは、そこも一つ肝心なところだと強く思います。当社では、そのような人作りや組織作りにも取り組んでいます。

小泉:次回の機会では、ぜひDX人材について教えてください。本日は、誠にありがとうございました。

住友化学のDX実践編の記事はこちら >>

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