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今日は「SX(sustainability transformation:サステナビリティトランスフォーメーション)」について解説し、皆さんに少しでも身近に感じていただきたいと思います。
最近、「X」が増えていると思いませんか。「DX(デジタルトランスフォーメーション)」「GX(グリーントランスフォーメーション)」「SX(サステナビリティトランスフォーメーション)」……。
簡単に言えば、世の中がデジタル技術でいろいろと変わっているという話です。
例えば、工場がIoTでスマートファクトリーになったり、ネットショップでは購買履歴を元にしたレコメンド機能が備わっていたり、ヘルステック領域ではデータを用いた健康管理の方法が導入されたりなど、世の中を見ればさまざまな事例があります。ただ、これらの取り組みは、俯瞰で見てみると実は同じような考え方で動いています。
キーワードは「可視化」→「分析・予測」→「最適化」です。
「DX」「SX」などという言葉を聞いて「難しそう」と思うかもしれませんが、その必要はありません。意外と根本の考え方は簡単だったりするのです。ぜひ自分ごとにして個人の出来る範囲で、1歩ずつ前に進んではいかがでしょうか。
さて、一方で組織として歩を進めるときに大事になるのは、ビジョンです。
登山に例えるならば、どの山の頂上を目指して進んでいるかを示すことで、現在の位置ややるべきことが明確になります。また、必要な装備や心構えも定まってきます。富士山に登るなら酸素ボンベはいりませんが、エベレストを目指すなら必要です。さらに、どのようなルートを選ぶかという指針も、ビジョンがあることによって決まります。
「DX」や「SX」も、会社が目指す頂上(ビジョン)を明確にすることによって、何をどこまでやるかが見えてきます。会社として、どの山に登るのか。これを示すことが、まず重要です。
一番怖いのは、一歩も進まない「現状維持」です。リーダーが何も示さず、山の麓(ふもと)でウロウロしてしまえば、自分の周りが変わっていく中で役割を失ってしまうでしょう。
SXのお話をする前にDXについて少しおさらいをしたいと思います。
DXとは何か。経済産業省の「DX推進指標」では次のように示されています。
DXの必要性が叫ばれるようになった当初は、AIやIoT、あるいはドローンなどの新しいデジタル技術で新ビジネスを始めようという雰囲気があったように思います。しかし、DXにおいて重要なのは、「デジタル」ではなく「トランスフォーメーション」のほうです。事業や企業のあり方を含めて、会社が社会の変化に合わせて自ら革新していきながら「競争上の優位性」を獲得していく。そこにDXの本質があり、その実現のためにデジタル技術を使うということです。
ですので、DXは決してIT部門だけの仕事ではありません。それは、経営トップのビジョンやコミットメント、人材育成・確保にかかわるものなのです。DXに取り組むということは、トップの考え方から現場のあり方まで、社内を変えるということを意味します。
繰り返しになりますが、DXに取り組むにあたっては、会社がどのくらい高い山を目指して、どのように歩を進めていくのかを社内で共有することが重要です。
さて、本題に入りましょう。
SXという言葉は「sustainability transformation」の頭文字をとったものです。「サステナビリティ」と聞くと、環境問題を連想して、カフェなどでストローをプラスチックから紙のものに変えるという話をイメージするかもしれません。しかし、これは間違った認識です。
SXの定義を一言で言えば、次のようになります。
企業のサステナビリティと社会のサステナビリティをいかに合わせるか。
社会がこれからも持続していくには、いろいろな課題を解決しなくてはなりません。気候変動や食料にかかわるものなど、大きな課題もたくさんあります。ただ、企業が社会のサステナビリティにかかわる問題に取り組むのは容易ではないでしょう。本質的に、もうからないからです。
しかし、これをないがしろにすると、社会全体が行き詰まり、企業も行き詰まってしまいます。社会のサステナビリティと企業のサステナビリティの同期化が必要なのです。ただ、社会のサステナビリティに良いことをやりながら稼ぐ力も維持するという両立は、とても難しい。言い換えると、この難題を今の私たちは突きつけられていると言えます。
これまで「環境」「社会」「経済」の問題はバラバラになっていました。しかし今、この三つを同時に解決することが求められるようになったのです。
もう少し具体的な話をしましょう。例えば、気候変動の影響などで、製造業や流通業などでは規制が設けられています。企業は、この規制に対応しなければなりません。
中堅企業や中小企業の皆さんも取引先としてこういった取り組みをしなくてはならない場面も増えて来るでしょう。また、出資や融資への対応や優秀な人材の確保という問題が出てくると思います。さらに、この問題に取り組みつつ、新しい事業にもチャレンジしていかないと、新たな人材の確保がますます難しくなります。
繰り返しますが、SXとは企業が環境問題にだけかかわるということではありません。企業が環境や社会の変化の中で長く生き残っていくために、長きにわたって自ら変革していくということなのです。ですので、雇用や人材育成、新規事業など、いろんなところに影響するという話でもあるわけです。
SXは、企業にとって長期戦であり総力戦です。トップも現場も変わる必要があり、全員が無関心ではいられません。ツールを一つ入れたら解決するという話では決してないということを、まずご理解ください。
ここからは、IPA(独立行政法人情報処理推進機構)の調査報告書など一般公開されている事例から、SXの観点でヒントになるような中小企業の事例をいくつか紹介させていただきます。
大阪市の中小圧力機メーカーA社の事例を引用させて頂きます。明治42年(1909年)創業の圧力計メーカーで、従業員は20名以下の企業(報告書記載当時)です。従来は圧力計などの計測・制御機器の製造・販売がメインでした。しかし、販売先で人がメーターを見て紙に記入するという保全業務で人手不足が生じるようになり、その課題に着目したIoTセンサーを用いた製品を開発して事業を拡大しました。
また、将来の在宅医療を見据えた医療機器分野への進出など、新たな課題に着目することで新事業にも進出し、社会の問題にも取り組み始めています。
冒頭でお話しましたが、キーワードは「可視化」→「分析・予測」→「最適化」です。この3段活用は今いろいろな企業が実践しています。
例えば、DXに先進的に取り組んでいると広く評価される小松製作所は、建設機械のIoT化を進めることで、各機械から得られるセンサーデータから「新規ビジネスの創出」と「既存ビジネスの変革」の両立を実現しました。
データを得られるように可視化し、それを使って分析したり予測したりすることでビジネスに生かし、社会や環境にかかわる問題解決にも寄与する。このやり方は、海外にも好例があります。
航空機エンジンを製造するロールスロイスは、IoTセンサーをエンジンに取り付けて飛行時間で課金するサービスを始めました。また、点検保守を故障予兆で事前に実施する仕組みもつくることで、欠航時間を削減しました。さらに、パイロットへのアドバイスによる燃費の向上も実現しています。
タイヤメーカーのミシュランも、タイヤにIoTセンサーを取り付けることで、リースによる課金形態のサービスを始めました。また、使用済みタイヤの回収率100%も実現し、欧州における再生品率90%以上も達成しています。さらに、ドライバーへの走行アドバイスによる事故率の軽減にも寄与しています。
いずれの企業も、新しいビジネスにチャレンジしながら、社会や環境の問題も解決しようとしています。
この小松製作所、ロールスロイスやミシュランなど大手グローバル企業の取り組み方と、A社の取り組み方は基本的に同じです。「可視化」→「分析・予測」→「最適化」です。このように考えれば、企業の大きさにかかわらず「SX」に挑む勇気が出てくるのではないでしょうか。
メーターだけを作って売るのか。それとも、社会や環境にかかわる問題にも取り組むようにして新しい価値を生み出していくのか。やはり大事なのは、トップが目指す山の頂上を示すビジョンです。
次は、社会問題の解決に重点を置いた富士通での事例です。
広島県では、山などの法面(のりめん)の崩落をAIで予測する仕組みを導入しています。
広島県は山が多いのですが、その崖の法面の崩落が危険視されています。しかし、その崩落は前兆的な現象から数時間〜数日で発生するので、その前兆を捉えるのが困難です。法定点検は5年に1回で、人手に頼る従来の点検方法では対応できません。そこで、路線バスにカメラを設置し、その映像をAIで分析することで人手に頼らない防災を可能にしています。
岩手県には、東日本大震災を機に社会課題の解決に意欲的に取り組むようになった企業が多くあります。
その一つであるB社は従業員数80名ほどの規模です。大手メーカーなどを客先とする産業ガス事業を事業の柱にしつつ、災害に強い社会づくりに資する人材の育成と機器の開発を展開しています。例えば、避難所になるコンテナ型の避難施設を製造しています。
災害時の避難所で最も困るのは電気と水の確保です。このコンテナは、太陽光発電で自家発電ができるほか、98%の水をリサイクルできるシステムも備えています。
しっかりした主の事業を進めながら、社会課題を見据えて新たな事業も立ち上げていく。この会社は新事業を始めたことで、若手のSEがとても増えたそうです。新たな人材の確保もしやすくなっているのです。
次は、自社のDX経験を生かしてIT企業を設立し、他社に対してDX支援を実施する企業の事例です。
福岡でホームセンターを運営するC社は、2015年からグループウェア(Google Workspace)やBIツール(Tableau)を導入し、2020年までの5年間で売上を25%増やして、過去最高益も記録しました。
同社は、この成功実績を生かしてIT企業の子会社を設立。同業も含めて、他社に対してデータ分析サービスやDX導入のコンサルティング業務を実践し、高い評価を得ています。大きなIT企業の手が回らない事業者を顧客としていて、遅れがちな中小企業のDX化に寄与しています。
同様の取り組みが愛知県にもあります。愛知県碧南市のメーカーD社は、IoTで工場での生産性向上を実現し、2015年から2018年にかけて100の製造ラインの平均43%、もっとも改善効果が高かったラインでは280%(2.8倍)もの生産性向上を達成しました。
こちらの企業も新たにIT子会社を設立し、このIoTシステムとノウハウを他社の製造現場に展開しています。しかも、大手ITベンダーではあり得ない低い価格設定でが特徴です。
富士通が取り組む事例も少し紹介させてください。
富士通は、AIイノベーションコンポーネントを次々に作り出すプラットフォーム「Fujitsu Kozuchi」を開発しています。富士通のAIと、他社技術やOSS(オープンソフトウエア)とを組み合わせることで、顧客価値がわかる単位でコンポーネント化をすることができます。
大きな特色は、現場に近いところで構成できることです。
例えば、工場などの作業者の動きを録画した動画や画像から危険姿勢を察知できれば、事故の予防に役立てられます。実際にこのように活用されたケースが増えているところです。作業中の動作を可視化し、そのデータを分析することで無理や無駄、ムラを見つけ、改善や最適化を図ることができるようになります。
フォークリフトの運転についても、そのドライビングレコーダーの映像から危険操作を検知して、安全運転を定量的に評価してドライバーに伝えることができます。作業の効率化だけでなく、労働環境の改善につなげることができるのです。
また、小売店の中の人の動きを可視化すれば、購買行動を分析して最適化を図ることができますし、セルフレジでの不正を防ぐこともできます。同じように、駅構内の人の動きから、不審行動を検知することもできます。
昨今、さまざまな業界で人手不足となり、無人化を図る流れが生じています。しかし、無人化をすると、不正などの問題が生じる場合があります。この課題に対して、私たちは現場での人の動きをうまく捉えて分析し最適化するというやり方で解決したいと思っています。
SXは、DXと同様に、デジタル技術を用いて自社を変革しようという活動です。DXの取り組みについてはさまざまな調査がすでにあり、参考になります。
SXやDXの取り組み方がよくわからないと思う方は、これらの報告書などに載っている事例や分析に目を通してはいかがでしょうか。「自分たちの会社で取り組むとしたら、どの事例が一番近いのか」「この事例の一部を解釈すれば、自社でも使えるのではないか」と学んでいくのが良いと思います。
最初にも申し上げましたが、難しく考えすぎないことが大事です。
一番怖いのは「現状維持」。自分を変えて、会社を変えていくことが大事です。「不確実な未来」をネガティブに捉えず、「組織に不確実な選択」を取り入れることで良い方向に変えていく。「過去の延長ではない今」を始めることから、DXとSX、これからの組織のあり方の根幹になるものが生まれるのです。