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国立大学法人東京海洋大学 |
世界の人口は今や77億1500万人(2019年)。食料不安を抱える人の割合は26%に上り、4人に1人が何らかの食料不安を抱えています。世界の飢餓人口は、2014年から増加に転じ、2019年には6億8780万人が十分な食料が手に入らず、栄養不良に陥っています。新型コロナウイルスの影響により、飢餓人口はさらに増えると予測されています。
世界では、まだ食べられる食料が年間13億トン廃棄されています。日本では、約570万トンが捨てられており、内訳は、事業系で約309万トン、家庭系で約261万トンが廃棄されています。国民1人あたりに換算すると、1日約茶碗1杯分のごはんに相当する124gが捨てられ、年間約45sが廃棄されています。
事業系の食品ロスの内訳は、食品製造業が最も多く42%を占めています。
以下は、菓子の生産数量・生産金額、小売金額を一覧にしたものです。2020年の小売り金額は、3兆2242億円で、新型コロナウイルスの影響を大きく受け、前年比87.6%という大幅な減少になりました。ただ、細かく見るとビスケットやスナック菓子が増えているほか、チョコレートの中でも家庭でお菓子作りに使える板チョコは増えているなどばらつきがあります。
では、チョコレートの具体的な販売実績について見てみましょう。
下記の図は、ある食品スーパーのPOS情報からチョコレートの販売実績を見たグラフです。非常にばらつきがあることがわかります。
上図の右下のグラフは、販売量のばらつき、つまり、消費者の需要量のばらつきを正規分布で表したものです。横軸は需要量を、縦軸は確率密度を表しています。
販売と廃棄の期待値
下図を見てください。需要量のばらつきは青い線の分布で描かれており、Sを仕入れ量とするとSよりたくさん売れた場合は水色面の部分が欠品(品切れ)ということになります。しかし廃棄はゼロです。逆にSより少ししか売れず販売量がμの位置の場合、Aの部分が廃棄しなければならない量になります。
販売量の期待値と廃棄量の期待値を求める計算式は、上図の右側に示すとおりです。
販売量と廃棄量の期待値の合計は、S(仕入れ量)となります。では、利益はどうなるのでしょうか。
収入から支出を引いたものが企業の利益です。ここでは、収入は売上高、支出は売上原価と売れ残ったものの廃棄損としています。
利益 = 売上高 − 売上原価 − 廃棄損
こちらを念頭に、上図のグラフを見てください。
左のグラフによると、欠品率が低いほど売上高が高く、また廃棄損も増えることがわかります。
利益はどうなるでしょうか。右のグラフを見てください。欠品率が10%くらいで利益が最大となり、それ以上欠品率を小さくすると利益が下がることがわかります。
どういうことかというと、欠品率を0に近づけようと思ったら、仕入れを急激に増やさなければならないためです。左のグラフに示すように欠品が少ないと売上高が増加しますが、それ以上に廃棄損が増えます。その結果利益が下がってしまいます。
逆に廃棄損を減らすために欠品率を上げすぎると、売上高も減少し利益が上がらない。これがジレンマです。ある程度廃棄は出して、利益を上げようということになります。企業にとって難しい判断になります。
上図の左、緑の棒グラフは、売上100〜500億のスーパーの欠品率を表しています。これを見ると半数以上のスーパーが1.0%以下の欠品率となっています。ところが中央のオレンジの棒グラフで示される世界各国の欠品率を見てみると、平均8.3%となっています。つまり、日本の欠品率は低い=顧客サービスが良いと言えます。
しかし、その一方で、利益を失うばかりか、多くの食品を廃棄している恐れがあります。先のグラフでは、欠品率が10%より下がると廃棄が急激に増え利益が下がっています。
日本は諸外国に比べ、1.6倍も多くの安全在庫を持っています。日本は過剰に在庫を持ちすぎているかもしれません。それによって利益を損ね、廃棄も増えているかもしれません。このあたりがジレンマのなかでも重要なポイントで、過剰に欠品率を小さくしすぎないことが、利益も高めて廃棄も減らすことにつながると言えるのではないでしょうか。
将来の需要を誤差なく正確に予測できれば、過剰な在庫を持つことがないので廃棄は起きません。しかし、単純な過去の実績値の平均値に基づく需要予測では、予測誤差のばらつきが大きく、廃棄が大きくなります(下図、右上の緑の曲線)。
そこで予測技術を活用して、需要のばらつきパターンや需要に影響を与える要因との関係を用いて、将来の需要を予測します。これにより、左下のグラフのように実績値と予測値の誤差を小さくでき、同じ欠品率でも食品の廃棄量を削減できます。
上図の右側の図を見てください。緑のなだらかな曲線がもともとの需要のばらつきだとすれば、予測技術を高めて誤差を減らすことで、正規分布はピンクから青へ、よりばらつきの幅が小さくなっていきます。究極は誤差をなくすことです。
予測誤差を少なくするために、最新のAI技術はどう貢献できるのでしょうか。
予測モデルは簡単に分けると大きくは2種類に分けられます。一つは時系列データ、たとえば過去の販売実績の変動パターン(曜日による変動や季節的な変動など)を利用して予測するモデル。もう一つは、需要に影響を与える要因との関係から予測するものです。
AIを用いた予測技術は後者のモデルで、たとえば立地や特売、チラシといった店舗側の要因、曜日や月、祝日、年末年始といったカレンダー的要因、天気、気温、風など気象の要因など、様々な要因を考慮して求めることができます。
以下はあるスーパーの来店客数をグラフにしたものです。日曜日は土曜日よりも来店客が多く、雨が降ると来店客が減ることがわかります。
これにAIを用いることで、降水量や曜日だけでなくさらに複雑に、別の要因を掛け合わせて予測をすることが可能です。
たとえば、下図の左上のグラフを見てください。
こちらのグラフは、飲料の販売数量を表したものです。横軸は平均気温、縦軸は販売数量です。
一般的に、気温が上がると飲料の販売数が上がります。従来の単純な予測方法では、赤線のように気温が上がるとたくさん売れるという単調増加のグラフになります。しかし、図の青い●を見ていただくと、平均気温が15度を超えたあたりから急激に販売数が増加しているのが分かります。AIを用いた予測では、この傾向を意識しなくても自動で表現可能な予測モデルを構築できます。
また、左下のグラフのように、降水量が増えると来店客数が減少する傾向が、平日と休日で異なる複雑な傾向を示す場合もAIを用いた予測では対応可能です。
このように、AIを用いれば、目的変数と説明変数との間の複雑な関係のほか、説明変数間(要因間)の複雑な関係を意識しなくても考慮でき、精緻な予測ができます。
予測精度が高まると誤差が少なくなり欠品も廃棄も少なくすることができます。精度を高めるためにAIは有効なのです。
夏場に向けた飲料の増産について考えてみましょう。繁忙期に向けて製品在庫を増やしたものの、冷夏により消費が思ったように伸びなかったとします。売れないと予測されたら、持っている在庫を処分して終わりでよいのでしょうか。
売上を伸ばし、利益をあげるためには、売れ残りを出さないよう、販売促進を考える必要があります。
つまり、精度良く予測することが目的ではなく、真の目的は利益を増やすことです。
そのため、販売促進策を検討するためのツールとして予測モデルを活用する方法があります。たとえば雨の日に来店してくれた人には景品を出すなど、販売促進策としてコントロールできる要因を、予測モデルに組み込めばいいのです。これにより、予測モデルを活用して販売促進策の効果を検証出来ます。ただしそのためには、あらかじめ、景品による来店数のデータも取っておく必要があります。
AIを用いた予測モデルは、なぜこの結果となるのかがブラックボックスとなっています。そのため、導入に際して経営層の同意を得づらいという難点があります。なぜそのような結果になるのか因果関係等を説明できるマーケターの育成が重要なポイントとなります。
下図の上部分では工場から消費者までのサプライチェーンを表しています。工場から一次卸、二次卸を経て小売店に商品が並び消費者が購入します。
左下の折れ線グラフは、赤線は消費者の需要を表し、他の線は各サプライチェーン上の小売店や二次卸等の発注個数を表しています。
グラフから赤線で示す消費者の需要増加に応じて小売店が二次卸への発注量を増やし、それを受けて二次卸が一次卸への発注量を増やし、さらに、一次卸が工場への発注量を増やしているのが分かります。発注数はサプライチェーンの川上にいくにしたがって増えていきます。なぜなら、発注しても生産や輸送などのリードタイムがあるのですぐには入荷できません。その結果、心理的な焦りから多めに発注してしまう、あるいはリードタイムを見越して多めに発注してしまうということが起こり、結果的に過剰在庫を抱えてしまうことになるのです。これを防ぐには、サプライチェーン上の企業間で可能な限りコミュニケーションはかることが大事です。
リードタイムの短縮も重要です。製品の輸送に2日かかるとすると工場から小売店に届くまでに6日もかかってしまいます。メーカーは6日先の未来の需要に対応しなければならなくなり、これは困難です。
また、メーカーは、消費者の動向を見ながら、開発・調達・生産・販売のサイクルを回しています。リードタイムの短縮のためには、いかに速くサイクルを回すかが大事です。究極の例がファストファッションです。
とはいえ、リードタイムの短縮には限界があります。食品の場合は、保管技術の活用もポイントとなります。NX商事株式会社は鮮度保持機能を有した特殊冷蔵コンテナ「fresh bank」を開発しました。これは葉の黄化進行や質量減少(蒸散)、呼吸活性を抑制することにより、食品の鮮度を保つものです。
あるいは、そもそも需要が確定できるように、サブスクリプションサービスや定期宅配サービスなどを行うことも、食品ロスの低減につながります。
たとえば、オイシックス・ラ・大地株式会社では、安全性に配慮した有機野菜や無添加加工食品等を定期宅配するサービスによって、消費者(需要)と生産者(供給)のマッチングを行っています。
最後に、異なる目的の事業を連携させた食品ロスを削減する取組についてご紹介しましょう。以下は、2016年度のロジスティクス大賞 選考委員会 特別賞を受賞した事例です。
被災地には、いろいろな企業からばらばらに支援物資が送られ、現場が混乱して未使用のまま廃棄されるものも多くありました。そこでNPOが中間に支援物資基地を作って、被災地の状況に応じて計画的に分配するようにしました。しかし、それでも賞味期限が短いものはさばききれず、未使用のまま廃棄するケースがありました。そこで、別のNPOと連携して生活困窮者に配布する流れを作りました。
これにより、企業からの支援物資の受け入れ、被災地の支援拡大が図れるようになったほか、食品廃棄の削減に繋がりました。
この例のように、食品ロスの低減のためには、他のサプライチェーンとつながることも大事ではないでしょうか。
まとめ
企業利益を上げるためには、食品ロスの発生は必然です。しかし、AIを用いた予測技術の活用により、食品ロスの削減は可能です。
そのほかにも、食品ロス削減の方法としては、サプライチェーン上の情報共有とリードタイムの短縮が有効です。それでも余った食品は、他のサプライチェーンと連携して有効活用する。そのような、食品ロスを出さない社会システムの構築がなにより重要といえるでしょう。
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