船井総研ロジ株式会社 製造業・小売業を中心とした荷主企業に対して、物流戦略策定の支援を行い物流拠点の見直し、コスト削減策の提案、物流コンペの支援を数多く行ってきた。また、物流子会社に対しては存在価値、あるべき姿の策定、他社との競争力評価(物流子会社評価)を行っている。得意なカテゴリーは、化学、日用雑貨、小売など。また、物流をテーマにした数少ない女性コンサルタントとして脱炭素、ESGロジスティクス実行に向けた研修やコンサルティングを行っている。 |
物流の「2024年問題」が始まり、半年が経過しました。ここで改めて2024年問題のふりかえりをしましょう。2024年問題とは、トラックドライバ―の残業時間上限規制が適用されることです。これにより輸配送キャパシティの低下に伴い、日本経済に影響を与える問題です。ドライバ―の拘束時間の「短縮」により、以下2点について、対策が必要となります。
①トラックドライバ―は「運転」する時間に注力するため、「運転」以外の時間を削減する
②移動できる距離が短くなるため、長距離輸送やリードタイムの見直しを行う
①「運転」以外の時間を削減する
トラックドライバ―の仕事は、荷物を運ぶことです。そのため、トラックを運転する時間に注力しなければなりません。しかし、これまでの商慣習により、ドライバ―は「荷物を運ぶ」以外の多くの作業を担っているのが実態です。具体的には以下の内容です。
※その他の作業については第1回目のコラム内「化学品業界における付帯作業の一例」もご参照ください。
これらの「運転」以外の時間、つまり、荷役作業や、荷待ち時間の削減を行わなければなりません。
②長距離輸送やリードタイムの見直しを行う
ドライバ―の拘束時間が短縮されることにより、輸配送可能な距離に制限が生じます。これまではドライバ―1人で対応できていた運行が、残業時間の上限規制により、1人ではなく、途中でドライバ―を交代しながらの運行が必要になります。その結果、1人のドライバ―で運行するより時間がかかり、リードタイムを延長せざるを得ません。
荷主企業はこの2つのポイントに注力して2024年問題対応を行う必要があります。しかし、2024年問題の対応はこれだけでしょうか。実は、もう一つ大事な対応があります。それは、「料金改定」、つまり値上げへの対応です。
2024年問題は物流の効率化を図り、輸配送能力の確保を目的とするものです。一方で、輸配送能力を確保しても、実際に運行を行うドライバ―がいなければ物流は成り立ちません。しかも、日本国内の社会インフラを支える役割を担うドライバ―の年収は全産業と比較して5〜15%(20万円〜60万円/年)低い実態です(図1)
図1:全産業とトラックドライバ―(大型、中小型)の年収
出典)厚生労働省「賃金構造基本統計調査」より船井総研ロジ作成
ドライバ―の給与は荷主企業から収受する運賃から成り立っています。残業時間で稼ぐことができなくなると、ドライバ―の給与が減ることになりかねません。また、トラックドライバ―の仕事として残業代で稼ぐ賃金体系ではなく、基本給や各種手当をしっかりと付与するよう見直しをしていく必要があります。さらには、ドライバ―への給与だけでなく、最低賃金の上昇に伴う人件費の高騰、燃料費や車両費などの原価高騰など、物流企業を取り巻く環境は厳しくなる一方です。物流企業の自助努力で、様々なコスト削減への対応を進めてきたものの、限界に達しています。このままでは、物流企業として事業が成り立たなくなります。最悪の事態を避けるためにも、物流企業は荷主企業に対して料金改定を進めていかなければなりません。
「物流企業が荷主企業に対して料金改定の申し入れをする」
非常に単純かつ、明快な対応ではありますが、実はこれが容易ではないというのが実態です(図2)。
図2:業種別 価格交渉と価格転嫁の関係
出典)経済産業省 中小企業庁「価格交渉促進月間(2024年3月)フォローアップ調査」
図2は、業種別に、発注先に対する価格交渉と価格転嫁の関係性を示したものです。化学品業界は第3位にランクされています。この結果を詳しく見ていきましょう。赤枠内の「価格交渉は行われたが全く転嫁できなかった企業の割合」が5.9%となっています。
つまり、化学品業界の企業が発注先に対して価格交渉、つまり値上げ要請をした結果、応じてもらえなかった割合が5.9%となっているということです。見方を変えると94.1%の企業は値上げに応じてもらえたということになります。
右側の項目に「転嫁率」の記載があります。こちらは、様々なコスト増加分に対して、どの程度価格転嫁できたかを示すものです。例えば、コスト増加分を全額転嫁できた場合は100%になります。化学品業界の場合は61.0%となり、全産業と比較しても14.9ポイント高い転嫁率となっています。
一方で物流業界の実態はどうでしょうか。ここでは、業種「トラック運送」を見てみると、業種別ランクの中で最も低い順位となっています。価格転嫁ができなかった企業の割合は19.7%となっています。また、価格転嫁率も28.1%となっています。化学品業界と比較しても非常に低い結果となっていることが分かります。さらに価格交渉の詳細内容について見ていきます(図3)。
図3:業界ごとの価格交渉の詳細
出典)経済産業省 中小企業庁「価格交渉促進月間(2024年3月)フォローアップ調査」より船井総研ロジ作成
このグラフは全産業平均とトラック運送業界、化学品業界における価格交渉の実態と、価格交渉を行った結果を示したものになります。特に注目して見ていただきたいのは、上記グラフ内の回答「④ 発注減少や取引停止を恐れ、交渉をしなかった(黄色)」と「⑤ 交渉に応じてもらえなかった(青)」の結果になります。
まず、「④ 発注減少や取引停止を恐れ、交渉をしなかった(黄色)」の結果について見ていきましょう。この結果に対して全産業平均では7.8%、化学品業界では4.4%となっていますが、トラック運送業界の場合は11.9%となっています。つまり、トラック運送業界は他業界と比較して、発注先、つまり、荷主企業に対して、値上げ要請をすることで、取引を減らされ、最悪の場合取引終了、つまり仕事がなくなることを恐れて、価格交渉ができなかったということになります。
「⑤ 交渉に応じてもらえなかった(青)」につきましては、全産業平均では2.2%、化学品業界では0.8%と低い結果でしたが、トラック運送業界では4.7%となっています。このことから、トラック運送業界は立場の関係上、価格交渉・価格転嫁が進みづらい業界であることを改めて認識する必要があります。荷主企業として取り組むべきことは、物流企業からの値上げの申し入れがないからと何もしないのではなく、荷主企業自ら、原価高騰に対する料金改定に対応する必要があります。
「値上げ交渉」といっても具体的にどのように進めたらよいのでしょうか。
・物流企業との定期的なコミュニケーションを取る
日々の業務のやりとりでコミュニケーションを常に取っていると思われている方もいるかもしれません。ここでいう「コミュニケーション」は、日常業務とは別で時間を設けて、物流企業と「定例会」を行うことです。月次単位での業務の報告(物量波動、事故報告、業務の変更点、依頼事項など)を行う場を設けることで、双方の業務をよりよくし、持続可能な取引ができるようにすることが目的です。定例会は、物流企業を訪問し、業務実態の把握、貨物の保管状況・運送状況の把握もかねて行うとよいでしょう。
・料金改定に向けた原資の確保をする
値上げ要請を受けた場合に荷主企業からよく聞く声として「予算を確保していないので値上げには応じられない」といった回答です。企業として、年間の予算を編成して経営を行っていることは当然のことです。しかし、値上げ要請が来てから対応するのではなく、物流業界の環境変化や情報収集をしながら物流面に対する予算確保についても考えなければなりません。
・経営層との方向性や認識のすり合わせ
様々な原価が高騰している中で、どの企業もコストを抑えたい、削減したいというのは当然のことでしょう。しかし、物流は企業経営になくてはならない存在であり、コストをたたいて維持していくものではない事態となりました。企業として物流面にかけられるコストや、物流への対応指針を経営層としっかり協議のうえ、都度対応とならないよう、社内への啓蒙活動も並行して行っていく必要があります。
2024年問題対応として「時間」に関することだけでなく、「価格交渉」も併せて行っていくことを改めて理解したうえで、これから自社にとって取り組むべきことに落とし込んでいきましょう。
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