株式会社エイジング・サポート
代表取締役 小川 利久 氏
1957年生まれ、青森県十和田市出身。1981年、新潟大学農学部林学科森林計測学教室卒業後、現(株)長谷工コーポレーション入社、住宅販売企画、団地建替え再生プロジェクト、有料老人ホーム・シニア住宅の事業企画等を担当。その後、民間シンクタンクにてマーケティング手法に基づくシルバー事業等の企画・コンサル業務を経験。2001年、現・社会福祉法人きらくえん、法人事務局長に就任。2006年より社会福祉法人ファミリー理事・法人本部長。特別養護老人ホーム「ハピネスあだち」施設長。2014年より現職。
高齢者福祉の仕事にたずさわって25年になります。
現(株)長谷工コーポレーション時代に、民間企業第一号となる有料老人ホーム立上げ、その後、2000年に制度施行スタート時の認知症高齢者グループホームを立ち上げました。その後も、個室ユニット型の特別養護老人ホーム、個室空間化・居住エリア分散型の特別養護老人ホームの立ち上げにも携わりました。まだ世の中にないものでしたので、教えてくれる人もいません。自分で本を読んだり試行錯誤をしたりしながら、運営のシステムを自分なりにつくってきました。施設長も経験しましたが、2年前に会社を立ち上げ、全国各地の施設でコンサルティングを行っています。そのかたわら、川島隆太教授が所長の東北大学加齢医学研究所が主催する、スマート・エイジング・カレッジ東京の事務局長も務めています。
この10年間で、特別養護老人ホーム(以下特養)のターゲットは大きく変わりました。利用者の平均年齢は85歳前後でこれは10年前も今も変わりません。しかし、10年前の80代は、大正生まれ、今の80代は昭和ひとけた世代です。大正ロマンから昭和モダンに変わったのです。これは大きな違いです。さらに10年後は、今の65歳、ビートルズ世代がターゲットとなります。価値観の多様化する時代に育ったこの世代の人は、我慢することを知りません。この人たちには、これまでのマスマーケティングは通用しません。一人ひとりのニーズや、快不快の感覚をどう読み取るかが、施設を運営するうえで大事になってくるでしょう。
今後、介護職員不足は必至です。そのような中で、どのように職員を採用し、どのように育て、働いてもらうか。採用計画をしっかり立てる必要があります。
私は、10年近く特養の施設長を務めてきましたが、一つだけ権限移譲をしなかった仕事が「面接」でした。こちらが職員を選ぶのではなく、今日面接に来た人に選んでもらうために、施設長として施設のビジョンとは何か、なぜあなたが必要か、将来あなたにどのようなキャリアパスが提供できるかを語り、ぜひ仲間になってほしいとプレゼンテーションをしました。面接だけでなく、入所時の最初のオリエンテーションも私が担当しました。職員の3人に1人はすぐにやめていく。それは想定内です。そこをいかに残ってもらうか。残ってくれた職員をいかに育て、他の施設より素晴らしいサービスを作り上げるかに命をかけました。
また、職員がモチベーションを保つことのできる組織編成、給与規定、会議の運営など、あらゆることを一から考えました。
一番重視したのは「申し送り」です。私は、特養だけでなく、デイサービス、訪問介護、地域包括など複数の事業を運営していましたが、一日の始まりは、すべての現場を回って申し送りを聞き、施設の状況を把握するようにしました。
情報共有のために、以下のような記録をつけさせました。
情報共有に役に立ったのは「総合記録シート」という情報共有ツールです。利用者の排泄、水分補給、食事、一日の介護の流れが1枚のシートで、1週間単位で把握できる。利用者の家族に対しては介護記録ともなります。類似のツールもありますが、これ以上優れたツールは見たことがありません。
総合記録シートは、株式会社内田洋行の「絆 高齢者介護システム」でシステム化されています。システム化により、より効率的に記録・情報共有が可能となります。
具体的な経営管理についてお話ししましょう。
安定した経営基盤をつくるためには、総収入から支出を差し引いた終始残額をいくら上げるかが重要です。
経費のうち約60%は人件費です。事務費、事業費の合計を22〜23%に抑えることができれば、収支差額は18%。このあたりが理想のラインです。
事業費は、介護をするために直接かかる原価です。つまり、サービスとリンクするコストです。サービスの質を下げずにここをどう圧縮するかがポイントです。
おむつ代、リネン代がここに含まれています。介助の質を上げればおむつ交換、リネン交換の頻度が下がります。つまり、おむつ代、リネン代に関しては、サービスの質を上げることでコストを下げることができるのです。
自分の施設のおむつ代、リネン代がどうなっているか、他のフロアに比べて多いところはないか、チェックすることが重要です。
人件費は、正職員と非正職員との役割分担を明確化し、高度な知識を必要としない仕事は非正規職員に置き換えていくこと。仕事内容に応じて給与体系を作っていくこと。これによって、少人数で最高の収益を上げることも可能になります。
次に収入について考えてみましょう。
介護報酬の専門家は、2018年4月に控える次回の介護報酬改定について「奇跡が起きないかぎり、マイナス改定は確実だ。100%と言ってもいい。もし±ゼロだったら上出来だ」と分析しています。確かに、基本報酬は下がるかもしれませんが、加算報酬をどう取るかでトータルでは必ずしも下がるとは言えないケースもあると思います。
介護報酬改定によって、介護報酬が下がったとよく言われますが、下がったのは基本報酬です。総収入は、加算報酬がどれだけとれるかにかかっています。実は、総収入を下げずに運用はできるのです。
基本報酬は、入院日数がどれだけかで収支が大きく変わってきます。ところが、入院数はと聞いてもすぐに答えられない施設が非常に多い。それは収支管理ができていないということです。私の施設では日報で入院数を管理し、その原因を探りながら看取り援助へとシフトさせていきました。
稼働率は、週単位で管理していました。稼働率を上げるためには、退居者が出たときに速やかに待機者を入れられるようにしておくことです。
収入を上げるもう一つのポイントは、加算取得率です。施設としても努力をして、加算報酬を取れるものは取り、お客様に評価をされ選ばれる施設を目指していくことです。加算報酬は第五期の介護福祉改訂からスタートしましたが、私が施設長をしていた特養では、加算取得率を6%まで上げました。今は8~10%くらいになっていると思います。
8年間、足立区の特養で施設長を務めたときは、収支差額、23%前後をキープし続けました。最高では27%を達成しています。在籍中に約10億円の収支差額を計上し、幾つかの特養の施設整備に貢献してきました。上手に予算を運用して、社会に貢献できたと思っています。
私があまりお金のことを言うので、かつては金儲け主義と言われ、ずいぶん批判されたものです。一昔前の高齢者福治の世界では、「利益」という言葉は禁句でした。そこで、「経営基盤の安定化」という言葉を使うようにしました。しかし、収支差額を上げなければ良質なサービスを提供することもできません。
1989年に国が、近未来の高齢化社会を見据え、ゴールドプラン(高齢者保健福祉推進10ヵ年戦略)を発表し、多くの企業がいっきにシニアビジネスに乗り出しました。その2年前に、私はシルバービジネスの部署に異動。これが私の人生を変えました。
2015年の今、高齢化率は26%にまで上がりました。10年後には、地域包括の扉が開かれると言われています。この10年で何をすべきか。今は新たなスタートだと言えます。
今、特養の入居待機者は52万人と言われていますが、実際には多くの施設が入居者集めに苦労しています。
今後生き延びるためには、選ばれる施設となる努力をしなければなりません。
私が今、注目しているのは、認知症ケアと、看取り援助です。
認知症に関しては、東北大の川島隆太教授の脳科学研究によって開発された学習療法が効果的だということがわかってきました。また、有酸素運動や複数のことを同時に行うデュアルタスクなどによって、脳が活性化されることが解明されてきています。そのほか、食事や、施設内のテレビの視聴時間など、脳への影響がだんだん明らかになってきています。
今後は、重度の利用者が増えていきますから、認知症への対応も、施設の大きな課題となっていきます。施設のほうでも、しっかり認知症について勉強しなければなりません。
看取り援助に関しては、特養をついのすみかとして、最期まで安心して生ききっていただくことを目標とすべきだと考えています。特養に来る方の多くは、複数の施設を転々とした末にやってくる方です。「もうどこにも行かなくていいですよ、ここで最後までお世話しますよ」と言うと利用者の方は大変安心し、一気に落ち着きます。
特養のほうも、看取り援助などによって入院者を減らし、重度者対応に関する加算報酬を取得していかなければ経営が成り立たなくなっていくでしょう。利用者の最期を、病院送りにするのではなく、特養で看取るためには、介護職員も勉強しなければならないし、家族や医師の理解も必要です。今、研修会や座談会などを行いながら、特養でのあるべき看取りとは何か、模索しているところです。
私は、様々な施設で、よりよい施設の在り方を探ってきました。勘や思い込みではなく、調査に基づいて組織編制や制度改革を行ってきました。施設長をしていたときは、収益が目標を超えたときは、職員へのボーナスや施設の環境整備という形で現場に還元してきました。すべては職員さんたちの笑顔のため、引いては利用者の笑顔のためです。
命をかけて、超高齢社会をサポートするという想いで今までやってきました。みなさんの参考になれば幸いです。