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【中小食品メーカーのマーケティング戦略】 第7回:日本のトマトの欧州でのチャレンジ

2022/10/28 [食品,コラム]

「中小食品メーカーのマーケティング戦略」がテーマの連載コラム。地域や中小企業のマーケティングを主な研究テーマとして各方面で活躍する、静岡県立大学教授の岩崎邦彦氏によるわかりやすい解説コラムです。

はじめに

今後、日本の人口が減少し、国内マーケットのさらなる縮小が予想されるなかで、企業が成長をするためには、「海外へのマーケット拡大」がひとつの選択肢になる。

今回は、筆者が生産者と連携して行っている、高糖度トマト「アメーラ」のヨーロッパでのブランドづくりの実践を紹介しよう。

常識に「?マーク」をつけよう

「日本のトマトをスペイン、イタリアで売る?」
「スペインもイタリアも、トマトの国だろう。うまくいくはずがない」

「ヨーロッパで、日本の農家が高級ブランドをつくる?」
「ヨーロッパは、ブランドの国だ。うまくいくはずはない」
多くの人がそう言った。

本当に、ヨーロッパで日本のトマトは、売れないのだろうか。

海外でのブランドづくりの前提は、日本の常識を鵜呑みにしないことだ。
ヨコ向きの発想では、強いブランドを生み出すことはできない。大切なのは、自分の頭で考え、自分の目で確かめ、自ら行動することだ。

はじまりは「ミラノ万博」

高糖度トマト「アメーラ」のヨーロッパでのブランドづくりのチャレンジのきっかけは、2015年にイタリアのミラノで開催された「ミラノ万博」である。「食」をテーマとした世界初の万博だ。

アメーラトマトの生産者は、ミラノ万博のイベントに出展し、イタリア人にアメーラを食べてもらった。現地の消費者の言葉に耳を傾けた。

現地の消費者の意見だけではなく、食のプロの意見も重要だ。ミラノのレストランのオーナーシェフにアメーラを使った料理を作ってもらい、アドバイスを貰った。

イタリアを代表する食品専門店に出向き、現地のトマトの状況を自分たちの目で把握した。

イタリアに続き、スペインのトマト産地、フランスの種苗会社などを訪問した。ヨーロッパ各地で実際にアメーラを食べてもらい、アメーラのブランド戦略や生産戦略をプレゼンテーションし、意見交換を行った。

そこで、分かったことがある。
・欧州に、「高糖度トマト」や「グルメトマト」というカテゴリはない。
・欧州では、収穫量と生産性の追求によって、トマトの同質化が進んでいる。
・欧州では、野菜をブランド化しようという発想はほとんどない。

「ヨーロッパで、日本発トマトのブランドづくりにチャレンジしよう。可能性がある」
アメーラの欧州進出が決まった瞬間だ。

進出前に現地を知ろう

ミラノ万博やヨーロッパでの現地調査をきっかけに、ヨーロッパでの生産戦略とブランド戦略の検討がスタートした。

ドイツのベルリンや、スペインのマドリードで開催される果実・野菜の国際展示会に出展をした。

会場では、来場者に対し、アメーラをスライスして、何もつけずに生で食べてもらった。ヨーロッパでは、トマトは加熱して利用したり、オリーブオイルやドレッシングをかけて食べることが一般的だ。生のスライストマトの試食は、チャレンジングな試みだ。

ベルリンの国際展示会

ベルリンの国際展示会で、アメーラのスライスを試食してもらう

国際展示会は、世界への情報発信の場、バイヤーや流通業者とのコミュニケーションの場であるとともに、情報収集の場でもある。

ヨーロッパでのブランド戦略構築のヒントを得るため、展示会では、各国からの来場者に対してインタビュー調査を実施した。

ブランドづくりの土台

ヨーロッパでの国際展示会やイベントでは、アメーラを食べた人の多くが、味に満足をしてくれた。

とはいえ、最高の状態でアメーラを提供できたわけではなかった。なぜなら、日本から運ぶと時間がかかるため、トマトが軟化して、品質が低下してしまう。

ブランドの土台は、高い品質である。土台が崩れれば、ブランドも崩れてしまう。ヨーロッパで最高品質の高糖度トマトを提供するためには、現地で生産することが必要かもしれない。ミラノ万博の後、アメーラの生産者はスペインに出向き、生産可能性調査を行った。

モノづくりとブランドづくりを並行させる

アメーラを生産するサンファーマーズが選んだのは、日本からの輸出ではなく、スペインでの現地生産である。

アメーラのヨーロッパ進出計画は、スタート時点から、「ブランドづくり戦略」と「モノづくり戦略」を同時並行で進めた。ブランド戦略の検討会議には、初回から、経営者だけでなく、生産者、マーケティングチーム、デザイナーが参加している。

日本企業の海外進出をみると、「モノづくり」が先行して、「ブランドづくり」が後付けになるケースが多くみられるが、モノづくりとブランドづくりは「両輪」だ。どちらが欠けても、前に進むことができない(図表1)

図表1:モノづくりとブランドづくりは両輪

図表1:モノづくりとブランドづくりは両輪

スペイン南部のアンダルシア地方に農場の建設がスタートしたのが、2018年8月である。同年10月には農場が完成し、「アメーラ」の生産を開始した。

スペインの地中海沿岸で育ったアメーラが初めて出荷されたのは、ヨーロッパ進出のきっかけとなったミラノ万博から3年後のことである。

スペイン産のアメーラ生産者

スペイン産のアメーラ誕生

スペインで最も高く売れるトマト

トマトの国スペインには、たくさんの種類のトマトがあるが、現在、スペインを代表する百貨店で、最も高い価格で売れているトマトは何か。

それが日本発の高糖度トマト「アメーラ」だ。二番目に高いトマトと比較して、4倍程度の高価格で販売されている。

アメーラの陳列イメージ

スペインの百貨店でアメーラは最高価格で売れている

輸出するのはトマトではなく、「ブランド戦略」

アメーラは、品種でもなく、産地名でもない。生産者が生み出したブランドだ。独自の生産技術と品質基準によって、アメーラが生まれる。

「日本の生産技術とブランド戦略をセットで輸出してほしい」

アメーラのスペインでの生産を心に決めたサンファーマーズに、現地のパートナーから依頼があったのは、日本の技術による生産と、日本で構築したブランド戦略をヨーロッパで展開することである。

日本から輸出をしているのは「トマト」ではない。日本国内で培った「生産技術」と、日本で構築した「ブランド戦略」だ。

おわりに

世界が認識する日本の強みの一つが「食」である。日本の食には、世界で勝てるポテンシャルがある。21世紀は、小さな企業であっても地方の企業であっても、直接海外とつながることが可能だ。

多くの中小食品メーカーが世界に目を向け、日本発の「おいしい」を世界に広げてほしい。

引用文献:
岩崎邦彦「世界で勝つブランドをつくる:なぜ、アメーラトマトはスペインで最も高く売れるのか」(日本経済新聞出版社)

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静岡県立大学 経営情報学部 教授
岩崎 邦彦 氏

静岡県立大学 経営情報学部 教授・学長補佐・地域経営研究センター長 博士(農業経済学)。専攻は、マーケティング。とくに、地域や中小企業に関するマーケティングを主な研究テーマとしている。これらの業績により、日本観光研究学会賞、日本地域学会賞、世界緑茶協会 学術研究大賞、財団法人商工総合研究所 中小企業研究奨励賞などを受賞。
著書に、「地域引力を高める 観光ブランドの教科書(日本観光研究学会観光著作賞)」「農業のマーケティング教科書:食と農のおいしいつなぎかた」「小さな会社を強くするブランドづくりの教科書」「引き算する勇気:会社を強くする逆転発想」(いずれも日本経済新聞出版社)などがある。
公職は、静岡県地域づくりアドバイザー、中小企業診断士国家試験委員、世界緑茶協会世界緑茶コンテスト審査委員、近江米振興協会オーガニック近江米ブランディングアドバイザーなど多数。

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