今後、日本の人口が減少し、国内マーケットのさらなる縮小が予想されるなかで、企業が成長をするためには、「海外へのマーケット拡大」がひとつの選択肢になる。
今回は、筆者が生産者と連携して行っている、高糖度トマト「アメーラ」のヨーロッパでのブランドづくりの実践を紹介しよう。
「日本のトマトをスペイン、イタリアで売る?」
「スペインもイタリアも、トマトの国だろう。うまくいくはずがない」
「ヨーロッパで、日本の農家が高級ブランドをつくる?」
「ヨーロッパは、ブランドの国だ。うまくいくはずはない」
多くの人がそう言った。
本当に、ヨーロッパで日本のトマトは、売れないのだろうか。
海外でのブランドづくりの前提は、日本の常識を鵜呑みにしないことだ。
ヨコ向きの発想では、強いブランドを生み出すことはできない。大切なのは、自分の頭で考え、自分の目で確かめ、自ら行動することだ。
高糖度トマト「アメーラ」のヨーロッパでのブランドづくりのチャレンジのきっかけは、2015年にイタリアのミラノで開催された「ミラノ万博」である。「食」をテーマとした世界初の万博だ。
アメーラトマトの生産者は、ミラノ万博のイベントに出展し、イタリア人にアメーラを食べてもらった。現地の消費者の言葉に耳を傾けた。
現地の消費者の意見だけではなく、食のプロの意見も重要だ。ミラノのレストランのオーナーシェフにアメーラを使った料理を作ってもらい、アドバイスを貰った。
イタリアを代表する食品専門店に出向き、現地のトマトの状況を自分たちの目で把握した。
イタリアに続き、スペインのトマト産地、フランスの種苗会社などを訪問した。ヨーロッパ各地で実際にアメーラを食べてもらい、アメーラのブランド戦略や生産戦略をプレゼンテーションし、意見交換を行った。
そこで、分かったことがある。
・欧州に、「高糖度トマト」や「グルメトマト」というカテゴリはない。
・欧州では、収穫量と生産性の追求によって、トマトの同質化が進んでいる。
・欧州では、野菜をブランド化しようという発想はほとんどない。
「ヨーロッパで、日本発トマトのブランドづくりにチャレンジしよう。可能性がある」
アメーラの欧州進出が決まった瞬間だ。
ミラノ万博やヨーロッパでの現地調査をきっかけに、ヨーロッパでの生産戦略とブランド戦略の検討がスタートした。
ドイツのベルリンや、スペインのマドリードで開催される果実・野菜の国際展示会に出展をした。
会場では、来場者に対し、アメーラをスライスして、何もつけずに生で食べてもらった。ヨーロッパでは、トマトは加熱して利用したり、オリーブオイルやドレッシングをかけて食べることが一般的だ。生のスライストマトの試食は、チャレンジングな試みだ。
ベルリンの国際展示会で、アメーラのスライスを試食してもらう
国際展示会は、世界への情報発信の場、バイヤーや流通業者とのコミュニケーションの場であるとともに、情報収集の場でもある。
ヨーロッパでのブランド戦略構築のヒントを得るため、展示会では、各国からの来場者に対してインタビュー調査を実施した。
ヨーロッパでの国際展示会やイベントでは、アメーラを食べた人の多くが、味に満足をしてくれた。
とはいえ、最高の状態でアメーラを提供できたわけではなかった。なぜなら、日本から運ぶと時間がかかるため、トマトが軟化して、品質が低下してしまう。
ブランドの土台は、高い品質である。土台が崩れれば、ブランドも崩れてしまう。ヨーロッパで最高品質の高糖度トマトを提供するためには、現地で生産することが必要かもしれない。ミラノ万博の後、アメーラの生産者はスペインに出向き、生産可能性調査を行った。
アメーラを生産するサンファーマーズが選んだのは、日本からの輸出ではなく、スペインでの現地生産である。
アメーラのヨーロッパ進出計画は、スタート時点から、「ブランドづくり戦略」と「モノづくり戦略」を同時並行で進めた。ブランド戦略の検討会議には、初回から、経営者だけでなく、生産者、マーケティングチーム、デザイナーが参加している。
日本企業の海外進出をみると、「モノづくり」が先行して、「ブランドづくり」が後付けになるケースが多くみられるが、モノづくりとブランドづくりは「両輪」だ。どちらが欠けても、前に進むことができない(図表1)
図表1:モノづくりとブランドづくりは両輪
スペイン南部のアンダルシア地方に農場の建設がスタートしたのが、2018年8月である。同年10月には農場が完成し、「アメーラ」の生産を開始した。
スペインの地中海沿岸で育ったアメーラが初めて出荷されたのは、ヨーロッパ進出のきっかけとなったミラノ万博から3年後のことである。
スペイン産のアメーラ誕生
トマトの国スペインには、たくさんの種類のトマトがあるが、現在、スペインを代表する百貨店で、最も高い価格で売れているトマトは何か。
それが日本発の高糖度トマト「アメーラ」だ。二番目に高いトマトと比較して、4倍程度の高価格で販売されている。
スペインの百貨店でアメーラは最高価格で売れている
アメーラは、品種でもなく、産地名でもない。生産者が生み出したブランドだ。独自の生産技術と品質基準によって、アメーラが生まれる。
「日本の生産技術とブランド戦略をセットで輸出してほしい」
アメーラのスペインでの生産を心に決めたサンファーマーズに、現地のパートナーから依頼があったのは、日本の技術による生産と、日本で構築したブランド戦略をヨーロッパで展開することである。
日本から輸出をしているのは「トマト」ではない。日本国内で培った「生産技術」と、日本で構築した「ブランド戦略」だ。
世界が認識する日本の強みの一つが「食」である。日本の食には、世界で勝てるポテンシャルがある。21世紀は、小さな企業であっても地方の企業であっても、直接海外とつながることが可能だ。
多くの中小食品メーカーが世界に目を向け、日本発の「おいしい」を世界に広げてほしい。
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静岡県立大学 経営情報学部 教授 静岡県立大学 経営情報学部 教授・学長補佐・地域経営研究センター長 博士(農業経済学)。専攻は、マーケティング。とくに、地域や中小企業に関するマーケティングを主な研究テーマとしている。これらの業績により、日本観光研究学会賞、日本地域学会賞、世界緑茶協会 学術研究大賞、財団法人商工総合研究所 中小企業研究奨励賞などを受賞。 |
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