中小企業のマーケティング戦略の「略」は、省略の「略」だ。
手元の辞書をひくと、「略」とは、“大事なところだけ残して、他をのぞき去ること、はぶくこと”と書いてある。「戦略とは捨てることなり」とも言われるゆえんだ。だとすると、「何をしないか」を考える「引き算の戦略」こそが、戦略の本質だといえるだろう。
「何をしないかを決めることは、何をするかを決めるのと同じぐらい重要だ」
スティーブ・ジョブズ
アップルも最初は従業員数人の零細企業だ。この考えがなければ、アップルが世界一のブランドになることはなかったはずだ。
数を競う社会は終焉した。逆に、商品、機能、情報の「引き算」が価値になる時代が来ている。にもかかわらず、多くの企業は「足し算」をつづけているようだ。
なぜ、足し算企業がこれほどまでに多いのか?
なぜ、企業は足し算に陥ってしまうのだろうか?
ここでは、この理由について検討していこう。
足し算に陥る理由がわかれば、それに対処する方法もわかるはずだ。
次の質問に答えてほしい。
Q. あなたは、自分自身について、下記のA,Bのどちらに目が行くことが多いですか?
A 自分が持っているもの・自分が持っている能力
B 自分に足りないもの・自分に足りない能力
全国消費者1,000人調査の結果は以下のとおりだ。
A 30.5%
B 69.5%
7割の回答者は、「自分に足りないもの・自分に足りない能力」に目が行くと答えている。
では、次の質問はどうだろう。
Q. あなたは、友人について、下記のA、Bのどちらに目が行くことが多いですか?
A 友人が持っているもの・友人が持っている能力
B 友人に足りないもの・友人に足りない能力
結果は以下のとおりだ。
A 81.9%
B 18.1%
圧倒的に多くが、「友人が持っているもの・友人が持っている能力」に目が行くと回答している。
ここで、この2つの質問の回答結果をクロス集計してみよう(表1)。
表1:隣の芝生は青くみえる
出所)「引き算する勇気:会社を強くする逆転発想」
表1に示すように、突出して多いのが、「自分に不足しているものが気になり、他人が持っているものに目が行く」と回答する人である(全体の57.8%)。
まさに、「隣の芝生は青くみえる」ということだろう。人は、自分が「持っているもの」ではなく、自分に「足りないもの」に価値を見出してしまう。
企業も、人の集まりである。同様の発想に陥りがちだ。
ライバルを研究して同じことをやろうとしたり、ある企業が成功すると「当社もやらねば」と追随する。競争相手に対抗するために、次々と商品や機能を「足し算」していく。
人も企業も、自らの「引力」を高めるためには、この心理的傾向の逆を行く必要がある。つまり、「自分が持っていて、他人が持っていないもの」に着目することだ。
表1に示した通り、こういった人はもっとも少数派だ。わずか6.4%しかない。
「ないものねだり」で競争相手の真似をしても勝ち目はない。
ライバルに遅れをとりたくなければ、ライバルと違うことをすべきである。自社にあるものでしか、他社との違いを出すことはできない。
図1:マーケティングに成功するには、「自社にあり、他社にないもの」に注目すべき
出所)「引き算する勇気:会社を強くする逆転発想」
「隣の芝生」は決して青くない。他人には、あなたの芝生が青く見えているかもしれない。自分の芝生をもっと青くすることに力を集中すべきだろう。大切なものは自分の足元にある。
足し算に陥ってしまう理由は、他にもたくさんある。質問を続けよう。
Q. どちらの人物の発言が高い人事評価を受けると思いますか?
(1)
Aさん「この商品を売りましょう」
Bさん「この商品を売るのをやめましょう」
(2)
Aさん「この仕事をやりましょう」
Bさん「この仕事はやめましょう」
結果は以下のとおりだ。
(1) Aさん 65.9% Bさん 34.1%
(2) Aさん 74.3% Bさん 25.7%
高い人事評価を受けるのは、(1)(2)ともに「Aさん」である。
「やりましょう」という主張だ。足し算的な発言をすると「積極的」「前向き」だと思われ、評価が上がるのだろう。足し算型の人が出世しやすい。これが「足し算企業」が増えていく一因だ。
「Bさん」のように「やめましょう」と主張すると、企業で評価を受けにくい。おそらく、引き算的な発言イコール「消極的」だとか「後向き」だとか思われてしまうのだろう。出世の妨げになるかもしれない。
ここで、あなたの組織の会議シーンをイメージしてほしい。
「何をするか」は盛んに議論するが、「何をしないか」を議論することは少ないはずだ。組織に足し算思考が蔓延していると、何かを「やめましょう」と言い出すには、よほどの度胸が必要である。
引き算には、「生産的な引き算」や「攻めの引き算」がある。引き算の発想は、決してネガティブではないということを理解する必要がある。
前向きな「やめましょう」を言える組織風土がなければ、いつもでも足し算経営から脱却することができない。
本章では、なぜ企業が足し算に陥ってしまうかをみてきた。
ここで明らかなのは、意識をしなければ、「足し算」が進んでしまうということだ。
ここで、足し算に陥らないため、心に刻んでおくべきことをまとめておこう。
ダイエットで病気になる人よりも、食べ過ぎで病気になる人の方が圧倒的に多い。企業も同じだ。「引き算」で病気になるのではなく、「足し算」で病気になる企業が多い。
引き算の価値をもう一度、見直してみよう。
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静岡県立大学 経営情報学部 教授 静岡県立大学 経営情報学部 教授・学長補佐・地域経営研究センター長 博士(農業経済学)。専攻は、マーケティング。とくに、地域や中小企業に関するマーケティングを主な研究テーマとしている。これらの業績により、日本観光研究学会賞、日本地域学会賞、世界緑茶協会 学術研究大賞、財団法人商工総合研究所 中小企業研究奨励賞などを受賞。 |
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