HOME > 情報システム分野 > IT レポート > 第8回:「引き算」の価値を見直そう

【中小食品メーカーのマーケティング戦略】 第8回:「引き算」の価値を見直そう

2022/11/11 [食品,コラム]

「中小食品メーカーのマーケティング戦略」がテーマの連載コラム。地域や中小企業のマーケティングを主な研究テーマとして各方面で活躍する、静岡県立大学教授の岩崎邦彦氏によるわかりやすい解説コラムです。

はじめに

中小企業のマーケティング戦略の「略」は、省略の「略」だ。

手元の辞書をひくと、「略」とは、“大事なところだけ残して、他をのぞき去ること、はぶくこと”と書いてある。「戦略とは捨てることなり」とも言われるゆえんだ。だとすると、「何をしないか」を考える「引き算の戦略」こそが、戦略の本質だといえるだろう。

「何をしないかを決めることは、何をするかを決めるのと同じぐらい重要だ」
スティーブ・ジョブズ

アップルも最初は従業員数人の零細企業だ。この考えがなければ、アップルが世界一のブランドになることはなかったはずだ。

なぜ企業は「足し算」を続けるのか

数を競う社会は終焉した。逆に、商品、機能、情報の「引き算」が価値になる時代が来ている。にもかかわらず、多くの企業は「足し算」をつづけているようだ。

なぜ、足し算企業がこれほどまでに多いのか?
なぜ、企業は足し算に陥ってしまうのだろうか?

ここでは、この理由について検討していこう。
足し算に陥る理由がわかれば、それに対処する方法もわかるはずだ。

足し算に陥る理由1:「隣の芝生は青くみえる」

次の質問に答えてほしい。

Q. あなたは、自分自身について、下記のA,Bのどちらに目が行くことが多いですか?
A 自分が持っているもの・自分が持っている能力
B 自分に足りないもの・自分に足りない能力

全国消費者1,000人調査の結果は以下のとおりだ。
A 30.5%
B 69.5%

7割の回答者は、「自分に足りないもの・自分に足りない能力」に目が行くと答えている。

では、次の質問はどうだろう。

Q. あなたは、友人について、下記のA、Bのどちらに目が行くことが多いですか?
A 友人が持っているもの・友人が持っている能力
B 友人に足りないもの・友人に足りない能力

結果は以下のとおりだ。
A 81.9%
B 18.1%

圧倒的に多くが、「友人が持っているもの・友人が持っている能力」に目が行くと回答している。

ここで、この2つの質問の回答結果をクロス集計してみよう(表1)。

表1:隣の芝生は青くみえる

表1:隣の芝生は青くみえる
出所)「引き算する勇気:会社を強くする逆転発想」

表1に示すように、突出して多いのが、「自分に不足しているものが気になり、他人が持っているものに目が行く」と回答する人である(全体の57.8%)。
まさに、「隣の芝生は青くみえる」ということだろう。人は、自分が「持っているもの」ではなく、自分に「足りないもの」に価値を見出してしまう。

企業も、人の集まりである。同様の発想に陥りがちだ。
ライバルを研究して同じことをやろうとしたり、ある企業が成功すると「当社もやらねば」と追随する。競争相手に対抗するために、次々と商品や機能を「足し算」していく。

人も企業も、自らの「引力」を高めるためには、この心理的傾向の逆を行く必要がある。つまり、「自分が持っていて、他人が持っていないもの」に着目することだ。
表1に示した通り、こういった人はもっとも少数派だ。わずか6.4%しかない。

「ないものねだり」で競争相手の真似をしても勝ち目はない。
ライバルに遅れをとりたくなければ、ライバルと違うことをすべきである。自社にあるものでしか、他社との違いを出すことはできない。

図1:マーケティングに成功するには、「自社にあり、他社にないもの」に注目すべき

図1:マーケティングに成功するには、「自社にあり、他社にないもの」に注目すべき
出所)「引き算する勇気:会社を強くする逆転発想」

「隣の芝生」は決して青くない。他人には、あなたの芝生が青く見えているかもしれない。自分の芝生をもっと青くすることに力を集中すべきだろう。大切なものは自分の足元にある。

足し算に陥る理由2:「引き算=消極的」という勘違い

足し算に陥ってしまう理由は、他にもたくさんある。質問を続けよう。

Q. どちらの人物の発言が高い人事評価を受けると思いますか?
(1)
Aさん「この商品を売りましょう」
Bさん「この商品を売るのをやめましょう」

(2)
Aさん「この仕事をやりましょう」
Bさん「この仕事はやめましょう」

結果は以下のとおりだ。
(1) Aさん 65.9% Bさん 34.1%
(2) Aさん 74.3% Bさん 25.7%

高い人事評価を受けるのは、(1)(2)ともに「Aさん」である。
「やりましょう」という主張だ。足し算的な発言をすると「積極的」「前向き」だと思われ、評価が上がるのだろう。足し算型の人が出世しやすい。これが「足し算企業」が増えていく一因だ。

「Bさん」のように「やめましょう」と主張すると、企業で評価を受けにくい。おそらく、引き算的な発言イコール「消極的」だとか「後向き」だとか思われてしまうのだろう。出世の妨げになるかもしれない。

ここで、あなたの組織の会議シーンをイメージしてほしい。
「何をするか」は盛んに議論するが、「何をしないか」を議論することは少ないはずだ。組織に足し算思考が蔓延していると、何かを「やめましょう」と言い出すには、よほどの度胸が必要である。

引き算には、「生産的な引き算」や「攻めの引き算」がある。引き算の発想は、決してネガティブではないということを理解する必要がある。

前向きな「やめましょう」を言える組織風土がなければ、いつもでも足し算経営から脱却することができない。

おわりに

本章では、なぜ企業が足し算に陥ってしまうかをみてきた。
ここで明らかなのは、意識をしなければ、「足し算」が進んでしまうということだ。

ここで、足し算に陥らないため、心に刻んでおくべきことをまとめておこう。

  • 隣の芝生は青くない。大切なものは自分の足元にある
  • 前向きな「やらない」、積極的な引き算がある

ダイエットで病気になる人よりも、食べ過ぎで病気になる人の方が圧倒的に多い。企業も同じだ。「引き算」で病気になるのではなく、「足し算」で病気になる企業が多い。

引き算の価値をもう一度、見直してみよう。

引用文献:
岩崎邦彦「引き算する勇気:会社を強くする逆転発想」(日本経済新聞出版社)

関連記事

静岡県立大学 経営情報学部 教授
岩崎 邦彦 氏

静岡県立大学 経営情報学部 教授・学長補佐・地域経営研究センター長 博士(農業経済学)。専攻は、マーケティング。とくに、地域や中小企業に関するマーケティングを主な研究テーマとしている。これらの業績により、日本観光研究学会賞、日本地域学会賞、世界緑茶協会 学術研究大賞、財団法人商工総合研究所 中小企業研究奨励賞などを受賞。
著書に、「地域引力を高める 観光ブランドの教科書(日本観光研究学会観光著作賞)」「農業のマーケティング教科書:食と農のおいしいつなぎかた」「小さな会社を強くするブランドづくりの教科書」「引き算する勇気:会社を強くする逆転発想」(いずれも日本経済新聞出版社)などがある。
公職は、静岡県地域づくりアドバイザー、中小企業診断士国家試験委員、世界緑茶協会世界緑茶コンテスト審査委員、近江米振興協会オーガニック近江米ブランディングアドバイザーなど多数。

UCHIDA ビジネスIT フェア2024

食品業の経営者・マネージャーの皆さまへ

主な製品シリーズ

  • 文書自動配信サービス「AirRepo(エアレポ)」
  • 業種特化型基幹業務システム スーパーカクテルCore
  • 会議室予約・運用システム SMART ROOMS
  • 絆 高齢者介護システム
  • 絆 障がい者福祉システム あすなろ台帳

セミナーレポートやホワイトペーパーなど、IT・経営に関する旬な情報をお届けする [ ITレポート ] です。

PAGE TOP

COPYRIGHT(C) UCHIDA YOKO CO., LTD. ALL RIGHTS RESERVED.