創業50年、市場の変化を受け既存ビジネスから撤退。第2の創業に踏み切る
弊社は、和歌山にあるノーリツ鋼機という一部上場企業の子会社です。1951年に創業したノーリツ鋼機は、創業者西本貫一が写真印画自動水洗機を発明し、従来手作業だった写真の現像作業を自動化しました。以来、世界で圧倒的なシェアを誇っていましたが、デジタルカメラの台頭により、ユーザーが写真を撮る枚数は増えているにも関わらず現像をする人がいなくなってしまった。自動現像機械の市場は急激に縮小し、2000年から事業の方向性を模索してきました。当初は、従来のビジネスの延長上で派生するビジネスを検討していましたが、2009年を第2の創業と位置付け、従来ビジネスから発想するのではなく、食、環境、医療など全く新しいビジネスをゼロから作る方向に舵を切りました。2016年には、祖業から完全に撤退し、新たな事業体に変革しました。
創業以来の基幹事業である「ものづくり」の方向性は変わりませんが、今後、安定成長が見込める分野として、医療情報分野、バイオ分野、デジタル分野でゼロからビジネスを立ち上げました。
素人集団が農業ビジネスに参入
これからお話する、NKアグリは、デジタルと食を融合させたビジネスとして2009年に創業しました。メンバーには誰一人農業経験者はいませんでしたが、和歌山県に持っていた広大な遊休地を活用し、単に農作物を作るのではなく「食べたらいいことがある」=健康にいいものを作ることをミッションにスタートしました。
食で最も大事な、「安心・安全」の提供をベースに、従来天候に左右されて安定供給ができないというイメージのあった農作物を、生産管理・衛生管理によって安定供給し、その上で、医・農連携によって健康に役立つという付加価値をつけ、お客様に選んでいただける商品を提供していくことを目指しました。
自社に国内最大級(3,000坪)の太陽光型野菜工場を持ち、創業7年で量販店65社、約4,000店のスーパーなどの店舗に出荷をしています。自社生産の商品が100%はけるようになったので、最近では提携農家に当社のノウハウを提供し、われわれの設備では作れない作物を作っていただいています。
失敗を重ね、ITを活用した農業にシフトする
農業の素人が始めたビジネスですので最初から順調だったわけではありません。教科書通りにはいかず、トラブルが多発。一つを解決すれば他のトラブルが発生するというモグラたたき状態が続きました。そこで、温度、湿度、日射量、水温などの「環境記録」、重量、葉数、高さ、根の長さ、色、良品率、生育速度、作業効率などの「栽培記録」を網羅的に収集し、KPIを設定しそれに基づいて生産管理を行うことで、安定供給ができるようになりました。
ところが、こちらが安定供給できても、売り先であるスーパーやバイヤーの需要が必ずしも一定でないため、供給と需要が合致しないという次の課題が発生しました。考えてみれば、季節やその日の天候によって仕入れ量が変わるのは当然のことです。そこで、過去のデータを分析し、生産量と需要量の予測精度を向上、営業と生産のコミュニケーションの円滑化によって感度合わせを行うという2つの対策を行いました。
これにより、質のいい野菜を安定供給できるだけでなく、適性な量を供給できるようになりました。
ITリテラシーが高くなくても利用できるクラウドツールを採用
営業と生産のコミュニケーションのために使用しているのが、サイボウズのkintoneという、ITリテラシーが高くなくても簡単にアプリが作れるソフトウエアです。これを、65社のお客様とのコミュニケーションに活用しています。当社の営業担当は65社のお客様に対して2人しかおらず、以前は顧客とのコミュニケーションがなかなかとれませんでした。しかし、kintoneを活用することで、定量的な実績数を見るだけでなく、現場の担当者のコメントを毎日共有できたり、コメント欄で営業や他部門と議論したりでき、生産の需給調整の精度が劇的に向上しました。
従来農業の流通、慣習、生産方法を変えていく
今後、われわれが農業ビジネスを続けていくうえで、目の前にある課題にどのように対処していくかという話をしたいと思います。
既存の流通規格に合わせて商品をつくらない
現状では、農作物は味や栄養ではなく、重さや形で価格がつき流通システムに乗るようになっています。つまり、重さや形を揃えなければ流通できません。しかし、たとえば当社で作るレタスは通常の規格の3分の1の重さで価格は2倍。グラム当たり通常の流通品の6倍の価格ですがよく売れています。従来の、重さ・形による流通は、形をそろえるために味や栄養価を犠牲にしていたり、昨今の高齢化や個食化のニーズとギャップがあると思われます。当社では、既存の流通規格に合わせるのではなく、独自のバリューチェーンを構築して、付加価値のある作物を提供していくことを考えています。
地域軸ではなく、品目を軸に広域連携
同じ品目の作物を作っている地域同士は競争関係にあるのが現状です。しかし、農作物の旬は地域ごとに異なるので、われわれは地域と地域をつなげ広域連携することで年間を通して作物を生産できる体制をつくり、大規模産地に対抗することができると考えています。
“経験と勘”を数値化し、予実管理
テクノロジーを活用して安価で簡単に、“経験と勘”を数値化し、環境制御をして安定生をしていく。今後は工場だけでなく、露地農業にもその情報を活用して安定した生産を目指していく考えです。
機能性品種の生産へ
写真(下記画像内)は、露地生産しているリコピン人参です。普通の人参にはほとんど含まれていないリコピンを多く含む機能性品種です。
付加価値が高い機能性品種は、店頭での競争力があるというメリットがある反面、栽培が難しい、成分のばらつきがある、生育日数が長くかかる、一般品に比べ面積あたりの収穫量が少ないといったデメリットがあります。また、重さ・形で価格が決まる従来の市場流通では、価値が評価されにくいのが現状です。この品種の長所を活かした流通規格の設計(商品化)と、価値の証明(保証)、適切な理解者による流通体系の構築が必須と考えています。
当社だけで流通させるのではなく、量販店やメーカーなどと協力し、オープンイノベーションで、新たなバリューチェーンを作っていく取り組みをしています。また、大学との共同研究によって栄養価を保証するシステムの開発や長期保存できる技術の開発等を行っています。
今後も、創業時に試行錯誤したように、まずは試験的に作ってみて環境データを網羅的に収集しKPIを設定して最適な環境制御を行っていくという手法によって質の高い作物を安定供給していきます。現在、提携農家にセンサーを置いてデータを収集し、KPIに即してリアルタイムでオペレーションを変えていただいています。
地域ごとに少しずつ収穫期をずらしてもらい、常に旬のものが生産できるようにするなど計画的な生産が可能になっています。これによって、大規模な生産地とも対抗できるだけの生産が可能となります。この、地域の旬をつなぐ試みは、地域創生という視点からも評価され、「地域情報化大賞2015」の地域サービス創生部門賞を受賞しています。
今後は生産者と消費者をつなぐサイクル作りを
われわれは、価値のサイクルをしっかり作っていきたいと考えています。今、種から流通までのサイクルは作ることができました。これから消費者につなげていきたい。たとえば食べた感想を生産者にフィードバックするなど、消費者と生産者が集まるようなSNSを作ろうとしています。最近では我々の取組をTVでも取り上げていただく機会があり、お陰さまで供給量が大幅に不足するという状態です。工業生産ではないので大幅に増産とはいきませんが、2倍、3倍と増やしていきたいと思っています。
当社では今後もITを活用し、新しい農業の発展に努めていきたいと思っています。