国は地域包括ケアシステムをさらに深化させようとしている
平成30年度に行われる次の介護報酬の改定は、年末まで議論が続き、その骨格がだんだんと定まっていきます。年が明けて1月20日前後には答申が出るはずです。しかし今、この議論がストップしています。ある調査の結果を待っているからです。
その調査とは、介護サービス経営についての実態調査です。介護に関わる各サービス部門の収益率がはっきり出たところで、議論を本格化させ、何をどれくらい削るのかを決めていくのです。したがって、この調査結果には注目してください。
国が今、介護報酬の改定にあたって目的としているのは、介護保険制度の持続の可能性を高めることです。この目的の下で、地域包括ケアシステムを深化させ、また市町村に権限と予算を渡して重点分野に財源の多くを配分させようと考えています。
まず、この地域包括ケアシステムについて説明します。
実は、この地域包括ケアシステムは、高齢者の早めの住み替えを奨励・推進するシステムでもあります。国は、国民の生活上の安全・安心・健康を確保するために、ニーズに応じた住宅の提供を基本とした上で、医療や介護のみならず福祉サービスまで含めたさまざまな生活支援サービスが日常生活の場で適切に提供されるような体制を地域に作ろうとしているのです。
高齢者が住み慣れた地域で暮らし続けたいと思っても、1人暮らしで認知症になってしまったら生活がままなりません。そこで、各地域の行政職員やケアマネージャーが次の住み替え先を見つけられるような仕組みを作ろうとしているわけです。
この流れに拍車をかけているのが、近年の診療報酬の改定です。病床区分の変更が激しく行われていて、例えば平成26年度の診療報酬改定では、急性期の治療が終わった患者などが使う「亜急性期病床」が「地域包括ケア病棟」という名称に変わりました。急性期病床は75%の在宅復帰率が求められ、平成28年の報酬改定では、この率が80%まで引き上げられました。地域包括ケア病床でも70%の在宅復帰率が求められています。さらに入院期間も120日まで〜原則90日までと短縮されています。
こうなると、どんなことが起きると思いますか。病院から、まだ医療の必要な方が多く出されるようになるのです。
病院にいられない慢性疾患の患者を家族や介護関係者がケアしていく
例えば今、高齢者で糖尿病を患う方が増えていますが、この病気は入院しても完治することはまずありません。ほとんどの方は、亡くなるまで糖尿病と付き合うことになります。さまざまな重大な合併症を引き起こす危険性のある糖尿病を抱えた高齢者は、どこへ行けばいいのでしょうか。
慢性疾患の治療の基本は、症状の悪化を防ぐことで、糖尿病の場合は、毎日の管理された食事と服薬が退院後では重要となります。この管理を誰かがやらなくてはなりません。実は、この「在宅復帰」は自宅に帰ることだけを意味しているわけではありません。グループホームや特定施設、特別養護老人ホームも含まれているのです。
今後、在宅医療と介護の連携がもっと必要になるでしょう。そして、病院にいられない慢性疾患の患者に対する治療は、医療関係者から、家族やケアマネージャー、ヘルパーに主役が移ることになるはずです。
この流れは、近年の医療報酬の改定で助長されています。
そんな、病院にいられない患者たちの帰る場所を増やすために、国は2016年に「高齢者住まい法」を改正し、「サービス付き高齢者向け住宅」(サ高住)を創設しました。特別養護老人ホームより入居しやすく、このサ高住のそばに診療所や訪問看護ステーション、ヘルバーステーションなどのサービス提供事業所を併設するモデルを、国は示しました。サ高住の設置には補助金も付けられ、全国で数多く誕生することになりました。
しかし、併設したサービス提供事業所のケアマネージャーが、支給限度額一杯までサービスメニューを作るケースが増え、「これは入居者の囲い込みモデルではないか」と指摘されるようになりました。
国は、黙っていられなくなり、昨年から市町村に権限を与えて、サ高住の補助金を支給する際に地域内の状況について意見を言えるようにしました。今後は、サ高住が近隣のサービスを広く活用していなかったり、特定の事業所にだけに偏って利用していたりすると、市町村が補助金を認めないケースも出てくるかもしれません。
次の介護報酬改定においても、このサ高住の囲い込みモデルにメスが入り、サ高住の囲い込みモデルの経営はとん挫するでしょう。サ高住、あるいは住宅型有料老人ホームは、経営戦略の練り直しが必須です。
地域包括ケアシステムの目的の一つは医療費の抑制
特別養護老人ホームは、これからチャンスを得るかもしれません。慢性疾患などの患者が、住み替え先の一つとして選びたいと動くかもしれないからです。しかし、それには施設サービスという概念から飛び出し、「在宅化」の観点を持たなくてはなりません。
この地域包括ケアシステムの先に見えてくる風景の一つは、特別養護老人ホームが、重度の要介護高齢者の終末期を含めた、暮らしを支えるケア付き集合住宅としての機能と品質が求められていく姿です。
言い換えれば、地域包括ケアシステムの完成形は、居宅サービスと施設サービスの区分がなくなる体制なのです。将来的には特別養護老人ホームから医務室がなくなり、介護報酬がしっかり削られるでしょう。国は、医療費の抑制による社会保障費の削減効果も見込んで、この地域包括ケアシステムを作り上げたいと考えています。
国は医療費を削りたい。だから、患者をいつまでも入院させたくない。早く地域に返して、すぐに病院に戻らないでほしい。これが国の本音であり、地域包括ケアシステムを作る真の目的です。
今後、地域の介護関係者には、医療の基礎知識が求められていくでしょう。糖尿病を持っている方の担当になったら、ケアマネージャーはサービス計画書に「血糖値の管理」という項目を適切に入れる必要が出てくるのです。医療機関の下請けになるのではなく、医療の基礎知識を持って自分の専門スキルを発揮できるようにならなくてはなりません。
介護関係者は今後ターミナルケアにも深く関わっていく
地域包括ケアシステムにおける今後の論点の一つは、看取りです。
病院のベッド数はこれから減りますが、2030年の死者数は2010年と比べて47万人も増えると予想されています。この人たちをどこで看取るのか。現在、約8割の方が病院で亡くなりますが、このままでは死に場所が足りなくなります。国は、死ぬためだけに病院に入院させず、介護分野で看取りの仕組みを作るように誘導しようとしています。
地域包括ケア研究会は、前回の介護報酬改定での報告書で、次のように書いています。(セミナーコンテンツのため割愛)
ここには、要するに「在宅で亡くなりなさい」というようなことが書かかれているわけです。
地域包括ケアシステムが構築されれば、多くの人が住み慣れた地域で暮らし続けられるようになります。しかし、死を迎える瞬間、誰にも看取られないケースも増えるでしょう。そこで、国は国民に「そのことをきちんと覚悟して地域で暮らし続けてください。一人で亡くなったとしても、それは孤独死ではなく『在宅ひとり死』です」と、国民の認識を変えようともしているのです。今後、介護関係者は、ターミナルケアにも深く関わっていくことになるでしょう。
ただ、私の施設では看取り介護をやっていますが、この介護はそれほどハードルが高いものではありません。点滴や注射などの医療的な器具は何も必要ない。「看取り介護まで手を出したら、職員がますます疲弊する」と考える経営者や施設長は多くいらっしゃいますが、それは間違っています。
私のところでは、看取り介護を密室化せずに、仲のいいお友だちやご家族、親戚をお招きして誕生日会などを開いたりします。このような看取り介護をすると、ご本人だけでなく、ご家族などから深い感謝をいただきます。これが職員のモチベーションや業務の質の向上につながり、職員の定着率も高まります。
私のセミナーをきっかけに、看取り介護を始めた施設はいくつもあります。1〜2年後、それらの施設長たちから連絡をもらい、「職員のモチベーションが高まった」「定着率が高まった」と言われたことが何度もあります。
言葉遣いの崩れが介護の「窓割れ」につながっていく
介護施設サービスの事業経営を危うくするものについて、近年起きた事件を例に少し話します。
一つは、神奈川県川崎市の有料老人ホーム「Sアミーユ川崎幸町」事件です。2014年の冬、この施設で入居者3人が転落死するという事件が起きました。そして、元職員が逮捕されました。この事件以外にも、別の職員が入居者に「椅子に座りなさいよ! 何回やればいいの!」と暴言を吐く映像が動画投稿サイトにアップされ、テレビでも報道されました。ここの職員は、日常的に暴言を振るっていて、入居者の家族が隠しカメラでその様子を捉えたのです。他の地域にあった「アミーユ」でも似たような事例が表面化して、結局この親会社は経営に行き詰まり、経営権を他の会社に譲渡して介護事業から撤退しました。
この親会社のCEOは、サ高住創設の功労者の一人でした。しかし、職員に対しては、介護のプロとして必要なことを教えておらず、このような虐待事例を引き起こしてしまい、結局は事業を手放さざるを得なくなってしまいました。私たちも、職員に対しては、介護のプロとして利用者の方々にきちんと接することができるように教育をしないと、事業経営を危うくすることになるでしょう。
では、利用者に対する職員の言動は、どこまで許されて、どこまで許されないのでしょうか。私は、次のように考えます。
『どの程度の態度が虐待にあたると考えられるのか』という基準を考えた時、そこに明確な線引きはありません。もし線を引けるとしたら、介護サービスにおいて職員が利用者に接する際には、まず大前提として『利用者の尊厳を損なわない』という意識と最低限のマナーが必要で、それが顧客対応(接客)としてふさわしい態度・言葉遣いかどうかという線引きしかない。
私は、これを常に職員に教え込んでいます。決して利用者に媚びるのではなく、プロに徹するのです。利用者に対するマナーをきちんと守る。その意識が前提にあり、しっかりと言動に移せば、仮に利用者から無理な要求をされたときは「できかねます」と申し上げられます。
特に、言葉遣いです。私は、サービスマナーの基盤は言葉遣いをはじめとした接客態度にあると思っています。いわゆる「タメ口」は許しません。親しみやすい言葉だと勘違いされやすいのですが、この言動は利用者の尊厳を損なっています。
これから、団塊の世代の人たちが介護の事業所を選ぶ時代に入ります。サービスの良さに敏感な世代なので、プロのおもてなしができない事業所は、選ばれなくなるでしょう。これからの介護は、ホスピタリティが問われるようになり、その基盤は言葉遣いをはじめとするサービスマナーによって作られます。言葉遣いなどの教育が重要になってくるという認識を持ちましょう。
近年の事件の中で大きなショックを受けたのは、2016年に起きた相模原障害者施設殺傷事件です。神奈川県相模原市にある「津久井やまゆり園」で、19人の方が刺殺されました。「障害者は死んだ方がいい」、「安楽死させるべきだ」などと伝えられる犯行の動機は、自らの醜い衝動を正当化する身勝手な論理にしか過ぎません。
この事件を通して、改めて我々が確認しなくてはならないのは、社会福祉の実践についてです。つまり、社会福祉実践の価値前提は、「人間尊重」であり、人は能力や置かれた状況に関係なく、「ただ人として存在していることに価値がある」という人間観です。人として存在していること自体に価値があるのです。
しかし今、私たちの介護の現場で、この価値前提が揺らいでいるのではないかと思うのです。
介護サービスの現場で、例えばみなさん自身やみなさんの部下が、認知症の方とそうでない方の言葉遣いを変えていないでしょうか。そのような言動は、社会福祉実践の価値前提を著しく歪めているのです。
最後に、本日話したことをまとめておきます。
- ■財源事情から給付は制限され、顧客単価は減る。
- ■次期介護報酬改定では、集合住宅の併設事業所による利用者囲い込みと過剰サービス提供の徹底した廃絶が行われる。
- ■求められるサービスを提供できる人材確保、介護サービスに従事する動機付けを護らないと人材は定着せず、求められるサービスは提供できず、事業経営はできなくなる。