社内ベンチャーの一つとしてアグリビジネスがスタート
私は、NKアグリという会社に勤めながら、サイボウズという会社の社員でもあり、自分の会社も経営しているという変わった働き方をしています。千葉県印西市に住んでおり、サイボウズには火水木金しか出勤しません。他は、NKアグリの社員として野菜作りをしています。
NKアグリは、ノーリツ鋼機という会社が親会社です。ノーリツ鋼機は、写真の自動現像機械のトップメーカーでした。しかしデジタルカメラの普及により自動現像機械の市場は急速に縮小。新しい事業の方向性を模索し、社内ベンチャーを募って、今後成長が見込まれるヘルスケア、創薬、シニア・ライフ、アグリ・フード分野でゼロからビジネスを立ちあげることになりました。
NKアグリもその中の一つで、ITと農業を融合させたビジネスとして、2009年にスタートし、現在、社員は14名です。
従来、天候に左右されて安定供給ができないという農作物を前提に、ITを活用した管理によって、量販店と連携した体制を構築、さらに、健康に役立つという付加価値をつけ、お客様に選んでいただける商品を提供していくことを目指しました。
エクセルによる管理に限界。kintoneを導入
社員は、もとはノーリツ鋼機の技術者ですから農業経験はゼロ。マニュアルどおりにはいかず、最初はトラブル続きでした。
当初は、エクセルを使って、温度、湿度、日射量、水温といった環境条件と、重量、葉数、高さ、根の長さ、色、良品率、生育速度などの栽培状況を記録し、過去のデータと比較しながら試行錯誤していましたが、次第にエクセルでは追いつかなくなりました。
そこで、2014年に、サイボウズのkintoneを農業で使えないかと考えました。
kintoneは、ユーザーが自分で簡単に業務管理用のアプリを作れるクラウドベースのツールです。農業用の業務管理ツールは大変高額ですが、kintoneなら初期費用は0円で、月々の利用料は1ユーザーあたり1,500円と大変廉価です。
kintoneを使って、生産管理、業務管理、販売管理のアプリを社内で作りました。これによって、環境条件と栽培状況を数値で見える化することができ、作物の安定供給ができるようになりました。現在、植物工場では、レタスを1日に4,000から5,000個収穫しており、全国量販店に、年間約200万袋、出荷しています。
kintoneで生産管理効率化、市場とのコミュニケーションも実現
kintoneで一番使うのは収穫実績アプリですが、同時に大変重宝しているのが、コミュニケーション機能です。これによって、収穫実績を営業や他部門と共有することができ、お客様との意思疎通も迅速にできるようになりました。
たとえば、Aという製品について、生産部と販売部の予実を見ながら、コミュニケーション機能を使って営業担当と生産担当とで話し合い、来週、再来週の出荷計画を立てるといった使い方をしています。
生産効率をいかに上げるかよりも、量販店に何をいくらで何個出荷できるか早めに知らせることが大事だと考えています。それによって量販店側も、場所を確保したり販売戦略を立てることができ、廃棄野菜を減らすことができます。
大量に出荷して価格を下げて無理やり販売するとブランドイメージをなくすので、早めに出荷予測を知らせることは、量販店側だけでなくこちらにとってもメリットがあります。
つまり、kintoneを導入したことで、生産管理が効率化できるだけでなく、市場とのコミュニケーションができるようになり、計画的な出荷ができるようになりました。結果的に廃棄野菜も最小限に抑えることができるようになった。私はむしろそちらのほうが大事だと思っています。
生産管理を効率化して、値段を下げたのでは設備投資分を回収できません。価格を高く維持するために、kintoneを有効に使っています。
NKアグリの差別化戦略
われわれがアグリビジネスを行う上で、大切にしていることがあります。それは、「1.既存の流通規格に合わせて商品をつくらない」「2.地域軸ではなく、品目を軸に広域連携」「3.“経験と勘” を数値化し、予実管理」の3つです。
1.既存の流通規格に合わせて商品をつくらない
現状では、農作物は重さや形で価格がつき流通システムに乗るようになっています。つまり、重さや形を揃えなければ流通できません。しかしわれわれは、大きさや形ではなく、味や栄養で商品に付加価値をつけ独自のバリューチェーンを構築して作物を提供していくことを考えています。
2.地域軸ではなく、品目を軸に広域連携
農作物の旬は地域ごとに異なるので、われわれは品目ごとに地域と地域をつなげ広域連携することで年間を通して作物を生産できる体制をつくり、大規模産地に対抗しようとしています。
3.“経験と勘” を数値化し、予実管理
ITを活用して “経験と勘”を数値化し、環境制御をして安定した生産・供給をしていきます。
味、栄養などの機能性の高さを武器に成長を目指す
露地農業でも、ITを活かして安定出荷を目指しています。
露地生産している、リコピン人参「こいくれない」は、普通の人参にはほとんど含まれていないリコピンを多く含む機能性品種です。これは、2017年にグッドデザイン賞の物づくり部門で特別賞をいただきました。
100農家いれば100通りの農業
ここからはkintoneを使った農業の事例を紹介したいと思います。
【事例1】山森農園(神奈川県)
畑の面積は3ha。作物は野菜が中心です。家族経営ですが、障害者も数人雇っています。
kintoneを導入し、区画ごとの野菜の品種、販売先などの管理はもちろんですが、山森農園の最大の特徴は、GAP認証にもkintoneを利用していることです。GAP(Good Agricultural Practice:農業生産工程管理)とは、農業において、食品安全、環境保全、労働安全等の持続可能性を確保するための生産工程管理の取組のことです。山森農園では、水、土壌、肥料、機械・施設等の管理、廃棄物処理等、GAPのガイドラインに即して項目を作り、数値を入力し、それを元に、GAP認証を取得しています。
【事例2】日向門川&門川高糖度トマト組合(宮崎県)
JA日向の門川では、大規模なトマトのハウス栽培をしています。当初は、糖度の高いトマトを生産するためにはどのような条件が必要かを研究するためにkintoneを導入したそうですが、これを、出荷予測に使えないかと考えました。
従来は、どの農家から、どのくらいの糖度のトマトをどれだけの量出荷できるかを経験と勘で予測をして、取引先の量販店に知らせていました。しかし、なかなか予測が当たらない。そこでkintoneを利用したところ、かなりの精度で予測ができるようになり、計画的な出荷が可能となりました。宮崎にはJA宮崎という大手JAがありますが、この正確な出荷予測のおかげで、量販店からも信頼を得て、大手に負けない競争力を持つようになったそうです。
【事例3】三浦市農協配車システム(神奈川県)
三浦市のJAの例です。農家の生産した野菜は、エリアごとの集荷場に集められ、それを運送会社のトラックが集荷して、首都圏を中心に各地に出荷しています。
トラックが無駄なく集荷場を回って荷物を集荷し、積荷を効率的に運ぶために、最短のルートや荷物の積み方を計算するための専門の部署がありましたが、品種が多く、煩雑な作業を効率化したいというニーズがありました。
従来は、各集荷場から、FAXで集荷予定が送られ、それをJAでエクセル化し、さらに運送会社ごとのデータに組み直すという作業をしていました。この作業に1日6時間以上かかっていたのです。
そこでkintoneを導入。AI的な機械学習のシステムと組み合わせ、瞬時に最短ルートを計算できる仕組みを作りました。ただ、同じ会社ばかりに仕事が集中しすぎないように調整するなど、人間のさじ加減は必要でこの点もシステムに取り入れています。
【事例4】株式会社彩(いろどり)(徳島県上勝町)
徳島で成功したベンチャービジネスで、ご存知の方も多いかもしれません。
山間部で採れる葉っぱを収穫し、料亭の料理のつまとして出荷するビジネスです。
ここでもkintoneが使われています。
料亭から深夜に受注した情報を、翌早朝には上勝町のおばあちゃんたちに配信し、おばあちゃんたちは午前中に葉っぱを収穫してJAに納品。午後一番には出荷。これを、以前は一人の担当者が24時間体制で管理していましたが、これらの業務管理をkintoneで行うようになりました。コミュニケーション機能を使って、生産者とJAとのやりとりも見える化しています。
現在、上勝町では、この事業自体をパッケージ化して他の自治体に提供するというビジネスを行っているそうです。
【事例5】「真砂の食と農を守る会」(島根県益田市)
最後にご紹介する事例は、小さな町の住民がkintoneを使って地産地消を実現している例です。
島根県益田市にある、人口300人くらいの真砂という地区に「真砂の食と農を守る会」というコミュニティがあります。ここの高齢者たちが自家菜園で作りすぎた野菜を、地域内の保育園に販売することで、地産地消を実現しています。
高齢者と保育園の需給情報を共有するプラットフォームとしてkintoneが使われています。生産管理、出荷、配送の管理もkintoneで行っています。
高齢者のやりがいにもつながり、また、保育園の給食に高齢者を招くイベントなどもあり、コミュニティ内で高齢者と保育園とが非常にいい関係を作ることができています。
kintoneの活用によって広がる可能性
kintoneは、プログラミングの知識がなくても、自分に最適な100人100通りのアプリを作ることができます。
1回作ったアプリを、他の商材にも横展開することもできるので、開発の効率化が図れます。
一般的に、農業は各農家が個別にやっていて、チームを組むことはありません。しかし、今後、工場化したり、大規模農業を行うチーム農業をやっていく場合には、必ずデータを共有しながらコミュニケーションをするといったことが必要になってくる。
情報が共有できたり、データによって予測を立てられることで、新しいアイデアも生まれやすくなります。また、データが蓄積され、分析されれば新しいビジネスチャンスも生まれてくるのではと思います。