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【中小食品メーカーのマーケティング戦略】 第1回:マーケティング的発想の大切さ

2021/2/4 [食品,コラム]

「中小食品メーカーのマーケティング戦略」がテーマの連載コラム。地域や中小企業のマーケティングを主な研究テーマとして各方面で活躍する、静岡県立大学教授の岩崎邦彦氏によるわかりやすい解説コラムです。

目次

  • 高品質なモノは、たくさんある
  • 消費者は「たべるモノ」でなく「たべるコト」を買う
  • 「たべるモノ」の日が普及しない理由
  • 「押す力」から「引く力」へ
  • 「食べてください」ではなく「食べたい」
  • 消費者と同じ方向をみて、一歩先を行く

高品質なモノは、たくさんある

日本は、高品質の食品、おいしい食があふれるすばらしい国だ。全国各地で食品の生産者に聞いてみると、多くの人がこう答える。

「味では負けない」

「品質には自信がある」

「技術では負けない」

しかし、その後に次のような言葉が続くことが多い。

「だけど、売れない」

「だけど、儲からない」

「だけど、うまくいかない」

味、品質、技術といった「モノづくり」で負けていないのに、なぜ、うまくいかないのだろうか。

消費者は「たべるモノ」でなく「たべるコト」を買う

あなたは、下記の文章の空欄にいくらと入れるだろうか。

・トマトの購入に1回あたり[ ]円まで払うことができる。

・おいしさの感動に[ ]円まで払うことができる。

実際に、全国2,000人の消費者に金額を入れてもらった。それぞれの平均値は以下のとおりだ。

一回、いくらまで払うことができますか?

トマトの購入 … 329円

おいしさの感動 … 5,292円

出所)「農業のマーケティング教科書:食と農のおいしいつなぎかた」

上記の金額は、消費者が感じる「価値」を示しているとみていいだろう。「おいしさの感動」への支払許容額(5,292円)は、「トマト」(329円)の16倍だ。

そう、消費者が高い価値を感じるのは、「食べるモノ」ではなく、「食べるコト」である。

「たべるモノ」の日が普及しない理由

日本は、「たべるモノ」の記念日であふれかえっている。ほぼすべての食品に記念日があると言っても過言ではないだろう。たとえば、「パンの日」「ヨーグルトの日」「うどんの日」「トマトの日」・・・。

それぞれ、何月何日か、わかるだろうか。

順に、4月12日、5月15日、7月2日、10月10日だ。おそらく、ほとんどの人が知らないのではないか。ちなみに、この原稿を書いている9月2日は「牛乳の日」だ。

あなたは、パンの日に、普段よりパンを食べたくなるだろうか。トマトの日に、普段よりトマトを食べたくなるだろうか。

おそらく「ノー」だろう。「たべるモノ」の日の多くが、普及していないのはなぜか。それは、「モノ」を訴求しているだけで、その商品が買い手にもたらす「価値」を訴求できていないからだ。

では、以下の記念日はどうだろう。

「母の日」

「バレンタインデー」

「土用の丑の日」

ほぼすべての人が、知っているのではないか。知っているだけでなく、何かしらの行動をした経験をもつ人も多いはずだ。

考えてほしい。「母の日」が「カーネーションの日」だったら、今ほど普及しただろうか。「バレンタインデー」ではなく「チョコレートの日」だったらどうか。「土用の丑の日」でなく「ウナギの日」だったらどうか。おそらく、普及しなかっただろう。

「母の日」 = 母への感謝の気持ち

「バレンタインデー」 = 愛しい気持ち

「土用の丑の日」 = 暑い時期を乗り切る活力

いずれの日も、「モノ」ではなく「コト」を訴求したからこそ、普及したのである。

「押す力」から「引く力」へ

消費者の関心は、モノにあるのではなく、コトにある。つまり、その商品が自分にとって、どのような「価値」をもたらしてくれるのかだ。だから、単に、商品を売り込もうとしても、うまくいかない。

発想を変えてみよう。

大切なのは、売り込みという「押す力」ではない。消費者を「引きつける力」(引力)だ。

では、どうすれば、消費者を引きつける「引力ある食品」をつくることができるのだろうか。

そのキーワードが、本稿の主題である「マーケティング」である。

「食べてください」ではなく「食べたい」

企業の現場で話を聞くと、マーケティングのことを「販売活動」や「売り込み」と同じような感覚で捉えている人が多い。

そうではない。「販売」と「マーケティング」の発想は、正反対だ。販売とマーケティングの発想の違いは、下記のとおりだ。

・販売 … 「ぜひ、食べてください」

・マーケティング … 「ぜひ、食べたい」

販売とマーケティングの「発想の起点」が180度違うことがわかるだろう。販売=「食べてください」は、起点が生産者であり、生産者の言葉である。

一方、マーケティングは顧客起点だ。私(消費者)が「食べたい」のである。「食べてください」ではなく、「食べたい」と思ってもらう。これがマーケティングの発想だ。

消費者と同じ方向をみて、一歩先を行く

マーケティングに成功するためには、「買い手を主語に考える」ことが欠かせない。つまり、生産者が消費者と同じ方向をみることである(図2)。

・生産者は、単に商品と向き合うのではない。すなわち、「生産志向」ではいけない。

・生産者は、単に消費者と向き合うのでもない。すなわち、「販売志向」ではいけない。

・生産者は、消費者と同じ方向をみるのである。これが「マーケティング志向」である。

図2:生産志向、販売志向、マーケティング志向の比較

消費者と同じ方向をみたうえで、消費者の一歩先を行く。

つまり、消費者の気持ちを想像し、理解したうえで、消費者に「価値(コト)」の提案をする。

「消費者の思い」と「生産者の思い」が共鳴するときに、“おいしさ”という「価値」が生まれ、消費者を引きつけることができるのである。

引用文献:
岩崎邦彦「農業のマーケティング教科書:食と農のおいしいつなぎかた」(日本経済新聞出版社)

静岡県立大学 経営情報学部 教授
岩崎 邦彦 氏

静岡県立大学 経営情報学部 教授・学長補佐・地域経営研究センター長 博士(農業経済学)。専攻は、マーケティング。とくに、地域や中小企業に関するマーケティングを主な研究テーマとしている。これらの業績により、日本観光研究学会賞、日本地域学会賞、世界緑茶協会 学術研究大賞、財団法人商工総合研究所 中小企業研究奨励賞などを受賞。
著書に、「地域引力を高める 観光ブランドの教科書(日本観光研究学会観光著作賞)」「農業のマーケティング教科書:食と農のおいしいつなぎかた」「小さな会社を強くするブランドづくりの教科書」「引き算する勇気:会社を強くする逆転発想」(いずれも日本経済新聞出版社)などがある。
公職は、静岡県地域づくりアドバイザー、中小企業診断士国家試験委員、世界緑茶協会世界緑茶コンテスト審査委員、近江米振興協会オーガニック近江米ブランディングアドバイザーなど多数。

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