日本は、高品質の食品、おいしい食があふれるすばらしい国だ。全国各地で食品の生産者に聞いてみると、多くの人がこう答える。
「味では負けない」
「品質には自信がある」
「技術では負けない」
しかし、その後に次のような言葉が続くことが多い。
「だけど、売れない」
「だけど、儲からない」
「だけど、うまくいかない」
味、品質、技術といった「モノづくり」で負けていないのに、なぜ、うまくいかないのだろうか。
あなたは、下記の文章の空欄にいくらと入れるだろうか。
・トマトの購入に1回あたり[ ]円まで払うことができる。
・おいしさの感動に[ ]円まで払うことができる。
実際に、全国2,000人の消費者に金額を入れてもらった。それぞれの平均値は以下のとおりだ。
一回、いくらまで払うことができますか?
トマトの購入 … 329円
おいしさの感動 … 5,292円
出所)「農業のマーケティング教科書:食と農のおいしいつなぎかた」
上記の金額は、消費者が感じる「価値」を示しているとみていいだろう。「おいしさの感動」への支払許容額(5,292円)は、「トマト」(329円)の16倍だ。
そう、消費者が高い価値を感じるのは、「食べるモノ」ではなく、「食べるコト」である。
日本は、「たべるモノ」の記念日であふれかえっている。ほぼすべての食品に記念日があると言っても過言ではないだろう。たとえば、「パンの日」「ヨーグルトの日」「うどんの日」「トマトの日」・・・。
それぞれ、何月何日か、わかるだろうか。
順に、4月12日、5月15日、7月2日、10月10日だ。おそらく、ほとんどの人が知らないのではないか。ちなみに、この原稿を書いている9月2日は「牛乳の日」だ。
あなたは、パンの日に、普段よりパンを食べたくなるだろうか。トマトの日に、普段よりトマトを食べたくなるだろうか。
おそらく「ノー」だろう。「たべるモノ」の日の多くが、普及していないのはなぜか。それは、「モノ」を訴求しているだけで、その商品が買い手にもたらす「価値」を訴求できていないからだ。
では、以下の記念日はどうだろう。
「母の日」
「バレンタインデー」
「土用の丑の日」
ほぼすべての人が、知っているのではないか。知っているだけでなく、何かしらの行動をした経験をもつ人も多いはずだ。
考えてほしい。「母の日」が「カーネーションの日」だったら、今ほど普及しただろうか。「バレンタインデー」ではなく「チョコレートの日」だったらどうか。「土用の丑の日」でなく「ウナギの日」だったらどうか。おそらく、普及しなかっただろう。
「母の日」 = 母への感謝の気持ち
「バレンタインデー」 = 愛しい気持ち
「土用の丑の日」 = 暑い時期を乗り切る活力
いずれの日も、「モノ」ではなく「コト」を訴求したからこそ、普及したのである。
消費者の関心は、モノにあるのではなく、コトにある。つまり、その商品が自分にとって、どのような「価値」をもたらしてくれるのかだ。だから、単に、商品を売り込もうとしても、うまくいかない。
発想を変えてみよう。
大切なのは、売り込みという「押す力」ではない。消費者を「引きつける力」(引力)だ。
では、どうすれば、消費者を引きつける「引力ある食品」をつくることができるのだろうか。
そのキーワードが、本稿の主題である「マーケティング」である。
企業の現場で話を聞くと、マーケティングのことを「販売活動」や「売り込み」と同じような感覚で捉えている人が多い。
そうではない。「販売」と「マーケティング」の発想は、正反対だ。販売とマーケティングの発想の違いは、下記のとおりだ。
・販売 … 「ぜひ、食べてください」
・マーケティング … 「ぜひ、食べたい」
販売とマーケティングの「発想の起点」が180度違うことがわかるだろう。販売=「食べてください」は、起点が生産者であり、生産者の言葉である。
一方、マーケティングは顧客起点だ。私(消費者)が「食べたい」のである。「食べてください」ではなく、「食べたい」と思ってもらう。これがマーケティングの発想だ。
マーケティングに成功するためには、「買い手を主語に考える」ことが欠かせない。つまり、生産者が消費者と同じ方向をみることである(図2)。
・生産者は、単に商品と向き合うのではない。すなわち、「生産志向」ではいけない。
・生産者は、単に消費者と向き合うのでもない。すなわち、「販売志向」ではいけない。
・生産者は、消費者と同じ方向をみるのである。これが「マーケティング志向」である。
消費者と同じ方向をみたうえで、消費者の一歩先を行く。
つまり、消費者の気持ちを想像し、理解したうえで、消費者に「価値(コト)」の提案をする。
「消費者の思い」と「生産者の思い」が共鳴するときに、“おいしさ”という「価値」が生まれ、消費者を引きつけることができるのである。
静岡県立大学 経営情報学部 教授 静岡県立大学 経営情報学部 教授・学長補佐・地域経営研究センター長 博士(農業経済学)。専攻は、マーケティング。とくに、地域や中小企業に関するマーケティングを主な研究テーマとしている。これらの業績により、日本観光研究学会賞、日本地域学会賞、世界緑茶協会 学術研究大賞、財団法人商工総合研究所 中小企業研究奨励賞などを受賞。 |