突然だが、ここで質問。「かつお」と聞くと、あなたは、どの地域を思い浮かべるだろうか?
全国の消費者に、下記の文章の空欄に自由に地名を入れてもらった。
「かつお」といえば、「 」。
結果は、表1に示したとおりである。
選択肢なしに、自由に地名を書いてもらったにもかかわらず、回答者の半数が「高知(土佐)」をあげている。実際、かつお料理を楽しみに、高知を訪れる人も多いのではないだろうか。
表1:かつお、といえば〇〇(地名)
出所)「地域引力を生み出す 観光ブランドの教科書」
では、「かつお」の漁獲量が一番多い県はどこだろう。高知県だろうか。
いや、高知県ではない。かつおの漁獲量で、「高知県」はベスト3には入っていない。第1位は「静岡県」、2位は「東京都」、3位は「宮城県」だ(表2)。
表2:かつおの漁獲量(単位:トン)
出所)「地域引力を生み出す 観光ブランドの教科書」
では、なぜ、かつおの漁獲量では「静岡県」がナンバー1なのに、人々のイメージでは「高知県」が圧倒的に第一位になるのだろうか。
それは、両地域における「出会いの場」の違いだ。
「食」のブランドづくりにおいて大切なのは、「生産量」の多さではない。人々が、その食と出会える場所の多さである。
事実、高知県に行くと、食堂、居酒屋、市場などで、観光客も地元の人々も、かつお料理に出会える場所がたくさんある。「鰹のたたき」という定番料理もある。
以前、高知県に出張したときに、居酒屋で「鰹のたたき」を注文したところ、「今日はおいしいかつおが入荷しなかったから、お客様には出せない」と言われた。どのお店も、「かつおの品質」へのこだわりは相当なものだ。
ここで、グルメサイトを利用して、高知県、静岡県でのかつお料理との「出会いの場」の数を比較してみよう。
「高知県」&「鰹たたき」で検索すると、136件の飲食店が出てきた。一方、「静岡県」&「鰹たたき」で検索すると、わずか21件。高知県の6分の1以下だ(図1)。
高知県の人口は、静岡県の5分の1にもかかわらず、鰹のたたきとの「出会いの場」は6倍以上にのぼる。
図1:グルメサイトでの「鰹たたき」検索結果
- 高知県は、出会いの場が多い -
出所)「地域引力を生み出す 観光ブランドの教科書」
ここまでみたとおり、「食」による地域のブランドづくりは、「出会いの場の多さ」がポイントになる。たとえば、かつおのブランド化であれば、かつおという海産物の漁獲量を訴求するだけでなく、おいしい「鰹のたたき」を食べる場を増やしていくことだ。
写真1をみてほしい。あなたは、右と左のどちらの写真に引きつけられるだろうか。
おそらく、右側だろう。
写真1::食のブランドづくりは、「たべるモノ」よりも「たべるコト」
-「かつお」の漁獲高でなく、「鰹のたたき」との出会いの場 -
食のブランドづくりで大切なのは、「食べるモノ(食物)」ではなく、「食べるコト(食事)」だ。
「地域で生産量が多い食材を、ブランド化しよう」
地域経済の現場において、こういった話を聞くことが多くある。しかし、生産量が多いだけでは、ブランドづくりはうまくいかない。
ここまで見てきたとおり、食のブランドづくりは、食材の「生産量」の多さではなく、その食との「出会いの場」の多さが重要になる。
消費者が価値を感じるのは、食物という「たべるモノ」ではない。消費者は、おいしい食事・食卓という「たべるコト」に価値を感じる。
このことは、インターネット上のブログをみても分かる。
図2をみてみよう。この図は、全国のブログを集めて、「農産物」「食物」と「食事」という単語が出現するブログのエントリー数を比較したものだ。「食事」のブログのエントリー数は、「農産物」と「食物」を合わせた数の8倍以上である。
この結果からも、人々の関心が「たべるモノ」(農産物、食物)にあるというよりも、「たべるコト」(食事)にあることが明らかだろう。
図2:ブログのエントリー数
出所)「農業のマーケティング教科書:食と農のおいしいつなぎかた」
「おいしいか、おいしくないか」を最終的に決めるのは生産者ではなく、消費者である。食べ物の「価値」が形になるのは、食事の場だ。
これまで作り手のモノサシで「品質をあげよう」と努力してきた生産者も多いのではないだろうか。
もし、そうだとすると、生産者の「自己満足度」は上がったとしても、「顧客満足度」は上がっていない可能性がある。
こう考えると、食のブランドづくりは、食産業だけで行うものではないことが明らかだろう。
飲食業、宿泊業、観光業など、コトを提供するサービス業との連携が大切になる。
食の強いブランドをつくるためには、おいしい食べ物を生産するという「モノづくり」だけでは不十分だ。
おいしい食との“出会いの場”を増やすという「コトづくり」にも、しっかりと目を向けていくことが欠かせない。
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静岡県立大学 経営情報学部 教授 静岡県立大学 経営情報学部 教授・学長補佐・地域経営研究センター長 博士(農業経済学)。専攻は、マーケティング。とくに、地域や中小企業に関するマーケティングを主な研究テーマとしている。これらの業績により、日本観光研究学会賞、日本地域学会賞、世界緑茶協会 学術研究大賞、財団法人商工総合研究所 中小企業研究奨励賞などを受賞。 |
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