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【中小食品メーカーのマーケティング戦略】 第12回:アートとサイエンスのバランス

2024/5/27 [食品,コラム]

「中小食品メーカーのマーケティング戦略」がテーマの連載コラム。地域や中小企業のマーケティングを主な研究テーマとして各方面で活躍する、静岡県立大学教授の岩崎邦彦氏によるわかりやすい解説コラムです。

はじめに

マーケティングとは、一言でいうと、「顧客を創造し、維持するための活動」ととらえることができる。
では、「顧客を創造し、維持する」ためのポイントは何だろうか。

今回は、マーケティングに成功するために欠かせない発想を考えてみよう。

ここで質問。
下の文章の空欄に、あなただったら、どのような言葉を入れるだろうか。

雪がとけると、「        」になる。

実際に、全国の消費者1000人に空欄に言葉を1つ入れてもらった。結果は、図1のとおりである。

もっとも多かったのは、「水」と入れた人である。全体の64%にのぼる。
次に多かったのは、「春」である。こちらは、全体の25%である。
ちなみに、「その他」の11%に含まれる回答をみてみると、「川」「ぬかるみ」「ぐちゃぐちゃになる」「気分が晴れる」「歩きやすくなる」など様々だ。

図1:雪がとけると何になる?

図1:雪がとけると何になる?
出所)「小が大を超えるマーケティングの法則」

自由に単語を入れてもらったにも関わらず、「水」と「春」の2語だけで全体の9割に達する。日本人は、大きく、「水タイプ」と「春タイプ」に分けることができるということかもしれない。

興味深いのは、この次だ。

この質問と一緒に、回答者には、自分は「が優れている」と思うのか、「が優れている」のかを聞いている。

が優れている」と回答した人に限ってみると、「水」と回答する人が全体の71%にのぼり、「春」はわずか11%であった。

一方、「が優れている」と回答した人に限ると、「水」と回答する人は半数を割り、「春」と回答する人が前者の3倍以上の35%にのぼる(図2)。

つまり、「水タイプ」=“論理”、「春タイプ」=“感性”といった傾向がみられるということだ。

図2:「論理タイプ」と「感性タイプ」の回答の違い

図2:「論理タイプ」と「感性タイプ」の回答の違い
出所)「小が大を超えるマーケティングの法則」

「水」と「春」のバランスが大切

「雪がとけると“水”になる」。これは論理的な考え方であり、法則性がある。
雪をとかす実験をしてみると水になる。すなわち、サイエンス的な考え方といってよい。

一方、「雪がとけると“春”になる」。こちらは情緒的な発想であり、法則性はない。
すなわち、アート的な発想だ。

この質問を取り上げたのは、マーケティングに成功するためには、「“水”の発想」(サイエンス)と「“春”の発想」(アート)のバランスが大切だからである(図3)。

「水の発想」は、理性、機能、分析、論理などに関連する、おもに左脳がつかさどる機能である。顧客を客観的に理解し、企業の舵を定めるためには、論理的な思考力、リサーチ力、市場データや経営データの分析力が必要だ。仮説を設定し、それを検証するといった科学的なアプローチも大切になる。顧客に納得して買ってもらうためには、商品の機能を訴求することや、顧客の理性に訴えることも欠かせないだろう。

ただ、それだけでは、マーケティングはうまくいかない。
顧客をひきつけるためには、感性、情緒、感情、直感といった右脳をベースとした「春の発想」も必要になる。
デザイン、ネーミング、パッケージ、カラー、キャッチコピー、店舗ディスプレイ、BGMなどで顧客の感性に訴えていくことや、顧客の情緒への訴求、顧客を思いやる心、顧客感情に対する共感力、経験から生み出される直感的なひらめきなども、マーケティングには欠かせない。

図3:マーケティングは「水」と「春」のバランス

図3:マーケティングは「水」と「春」のバランス
出所)「小が大を超えるマーケティングの法則」

自社はどちらのタイプだろうか

自社で、さきほどの質問をしてみてほしい。
ほぼ全員が「水」と答える企業は、もしかすると将来危ないかもしれない。
ほぼ全員が「春」と答える企業も、おめでたすぎるだろう。
「水」と「春」のバランスが取れている企業が理想的だ。

「水」と「春」のバランスとは、たとえば、以下のようなことである。
効果的なマーケティングを行うためには、こういった「水」と「春」の両面からのアプローチが必要なのである。

  • 顧客の「理性」と「感性」の両方に訴える商品づくり
  • 「情緒的価値」で顧客をひきつけて、「機能的価値」で納得して買ってもらう
  • 「機能的価値」で顧客をひきつけて、「情緒的価値」で顧客の生活シーンに浸透させていく

どちらのタイプの経営者がよいか

ところで、経営者自身は、「水タイプ」と「春タイプ」のどちらがよいのだろうか。

全国700社の経営者を対象に、「経営者のタイプ(水タイプか、春タイプか)」と「業績」との関連を調べてみた。

その結果はどうだったか。

水タイプの経営者と春タイプの経営者の間に、統計的に有意な関連性はみられなかった。
おそらく、「水タイプ」の経営者には「春タイプ」のパートナーやスタッフがいればよいし、「春タイプ」の経営者には「水タイプ」のパートナーやスタッフがいればよいということだろう。

マーケティングはサイエンスとアートの融合

マーケティングで大切なのは、経営者が「水タイプ」か「春タイプ」ということではない。
企業全体として、サイエンスとアートのバランスが取れたマーケティングが実践できているか否か。

消費者の「あたま」だけでなく「こころ」もとらえることができるか否か、ということである。

マーケティングに成功するためには、消費者の「あたま」と「こころ」の両方をとらえることが不可欠である。マーケティングは、サイエンスでもあり、アートでもあるといわれる所以だ。

さて、あなたの会社や商品は、ターゲットとする消費者の「あたま(理性・機能)」と「こころ(感性・情緒)」に訴えているだろうか。

引用文献:
岩崎邦彦「小が大を超えるマーケティングの法則」(日本経済新聞出版社)

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静岡県立大学 経営情報学部 教授
岩崎 邦彦 氏

静岡県立大学 経営情報学部 教授・学長補佐・地域経営研究センター長 博士(農業経済学)。専攻は、マーケティング。とくに、地域や中小企業に関するマーケティングを主な研究テーマとしている。これらの業績により、日本観光研究学会賞、日本地域学会賞、世界緑茶協会 学術研究大賞、財団法人商工総合研究所 中小企業研究奨励賞などを受賞。
著書に、「地域引力を高める 観光ブランドの教科書(日本観光研究学会観光著作賞)」「農業のマーケティング教科書:食と農のおいしいつなぎかた」「小さな会社を強くするブランドづくりの教科書」「引き算する勇気:会社を強くする逆転発想」(いずれも日本経済新聞出版社)などがある。
公職は、静岡県地域づくりアドバイザー、中小企業診断士国家試験委員、世界緑茶協会世界緑茶コンテスト審査委員、近江米振興協会オーガニック近江米ブランディングアドバイザーなど多数。

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