世界の消費者は、どのようなブランドを「強い」と評価しているのだろうか。
アメリカ、イギリス、スペイン、シンガポールの各国500人の消費者に自由にブランドを1つ思い浮かべてもらい、そのブランド力を評価してもらった。
「その商品のブランド力は強いか」との質問で、「強いブランド」(5段階評価の5点)と評価されたブランドを国別にみてみよう。
結果を示したのが図表1である。
自由にブランドを思い浮かべてもらったにもかかわらず、国を超えて共通するブランドがいくつか存在する。
今回調査対象とした5か国、いずれの国でもベスト5に入っているのは、「ナイキ」と「アップル」だ。
まさに、この2社は、強力な世界ブランドといえるだろう。
強いブランドに国境はないということだ。
表1:各国の調査で「強いブランド」と評価されたブランド(トップ5)
出所)「世界で勝つブランドをつくる:なぜ、アメーラトマトはスペインで最も高く売れるのか」
ちなみに、日本企業のブランドは、海外調査では、トップ5にランキングされていない。トップ5に日本ブランドが出現するのは、日本人を対象とした調査だけだ。
今日、日本の企業が、世界での「ブランドづくり」に勝てなくなっていることを示唆する結果かもしれない。
日本は、世界ブランドを生み出すポテンシャルは無いのだろうか。
そのようなことはない。
元来、日本には、世界ブランドを生み出す力があるはずだ。
前述の消費者調査でいずれの国においてもトップ5に入っている「アップル」と「ナイキ」。
世界最強のブランドである両社の創業者、スティーブ・ジョブズとフィル・ナイトの共通点は、日本との関係の深さだ。両社が世界ブランドになるためには、日本的な要素が欠かせなかったということだろう。
共通点を具体的にみてみよう。
スティーブ・ジョブズもフィル・ナイトも若い時に「禅」に出会い、禅から大きな影響を受けている。
二人は、若い時に曹洞宗の僧侶・鈴木俊隆の「禅マインドビギナーズマインド」、哲学者オイゲン・ヘリゲルの著書「弓と禅」に出会い、愛読書としていた。
ナイキ創業者フィル・ナイトの自伝「SHOE DOG」の扉ページに引用されているのは、鈴木俊隆「禅マインドビギナーズマインド」の言葉だ。この自伝では、ヘリゲル「弓と禅」の文章を繰り返し引用し、禅の精神について何度も言及している。
アップル創業者スティーブ・ジョブズは終生、禅と深くかかわり、禅僧・鈴木俊隆、知野(乙川)弘文を師と仰いでいた。
彼はこう語っている。
「僕は禅に大きな影響を受けるようになった。
日本の永平寺に行こうと考えたこともある」
ジョブズの結婚式を執り行ったのは曹洞宗の僧侶・知野弘文だ。
式では、弘文が木魚をたたき、銅鑼をならし、香をたいてお経をあげた。
ジョブズに影響を与えたのは、禅だけでない。
禅に触れる以前、10代の頃、親友の家で見た日本の新版画家、川瀬巴水(かわせはすい)からも大きな影響を受けている。
「巴水こそベストだ!」
「シンプルがいい。この美的センスが好きだ。
この感性が好きだ」
ジョブズは、巴水の美的センスに強く共鳴していた。
彼は日本に来るたびに画廊を訪れ、巴水の新版画の購入を続けた。
彼が好んだのは、むだを省いた洗練された作品だ。
ジョブズがマッキントッシュ・コンピューターを発表する2週間前には日本で巴水の作品4点を購入している。
たびたび日本を訪れていたジョブズは、亡くなる半年前にも京都を訪ねている。
亡くなる前の病床には、巴水の版画の額がかかっていたそうだ。
ジョブズがつくったアップル製品が、ぎりぎりまでそぎ落としてミニマリスト的な美を追究するのも、ジョブズの厳しく絞り込んでいく集中力も、その原点は、禅の精神や、巴水の作品など「日本的なもの」にあるのだろう。
スティーブ・ジョブズもフィル・ナイトも、創業の段階から、日本企業の影響を受けている。
フィル・ナイトのスポーツシューズ・ビジネスの原点は、日本のオニツカ・タイガーのブランドに心惹かれて、米国でタイガーブランドのランニングシューズの輸入販売を始めたことだ。
ナイトがスポーツシューズ・ビジネスを始める原点は、彼がスタンフォード大学のMBA在籍時のレポートで「日本製のランニングシューズをつくる」という起業プランを書いたことだ。
ナイトとジョブズがともに影響を受けた企業がある。
ソニーだ。
「私たちにも手本とする会社がある。
たとえばソニーがそうだ」
「問われると、私は幾度となく自分の会社を
ソニーのようにしたいと答えていた」(フィル・ナイト)
ジョブズは、次のように語っている。
「トリニトロン、ウォークマンといった
ソニー製品にどれだけわくわくしたか」
「コンピュータ界のソニーになりたい」
「私たちは、ソニーを尊敬している。
彼らには革新という確かな歴史があり、
すばらしいデザインも創り出している」
顧客にアップルブランドの世界観を体感してもらう「アップル・ストア」の原点は、ソニーのショールームだ。
ジョブズは、ソニーの成功に学び、とくにソニーの共同創業者、盛田昭夫との絆は深かった。
1999年にサンフランシスコで行われた新しいiMac発売のイベントの冒頭では、その直前に亡くなった盛田を追悼している。
盛田なき後、時代の転換点で不振に陥ったソニーを反面教師ともした。
ちなみに、ジョブズのトレードマークでもある黒のタートルネックのセーターは、日本に出張したとき、ソニーの工場で働く人々が制服を着ていたことに影響を受けて、日本人デザイナー三宅一生に大量に発注したものだ。
「気に入った黒のハイネックを作ってくれと
イッセイに頼んだら、100着とか作ってくれたんだ」
(スティーブ・ジョブズ)
世界ブランド「アップル」も「ナイキ」も、日本との関係なくして生まれなかった。
日本には、間違いなく世界ブランドを生み出すポテンシャルがあるということだろう。
ブランドづくりにおいて、大切なものは足元にある。
日本的な強みを生かすことができれば、日本の企業は、強い世界ブランドを生み出すことができるはずだ。
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静岡県立大学 経営情報学部 教授 静岡県立大学 経営情報学部 教授・学長補佐・地域経営研究センター長 博士(農業経済学)。専攻は、マーケティング。とくに、地域や中小企業に関するマーケティングを主な研究テーマとしている。これらの業績により、日本観光研究学会賞、日本地域学会賞、世界緑茶協会 学術研究大賞、財団法人商工総合研究所 中小企業研究奨励賞などを受賞。 |
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