突然だが、あなたは、次の文章の空欄に、どのような言葉を入れるだろうか?
シンガポールといえば、「 」。
マレーシアといえば、「 」。
全国の消費者1,000人に空欄に自由に言葉を入れてもらった。
結果は、図表1のとおりである。
「シンガポール」については、1,000人中なんと503人もの回答者が「マーライオン」という言葉を記入している。一方、「マレーシア」はどうだろうか。一番多いのが「とくにない」という回答だ(なぜか、6位にマーライオンがきている)。
隣国ながら、とても対照的な結果である。
表1:シンガポールといえば…、マレーシアといえば…
出所)「小が大を超えるマーケティングの法則」
マーライオンは、日本人観光客の「世界三大“がっかり”スポット」の一つ言われることもあるそうだが、ここで言いたいのは、そのようなことでない。伝えたいのは、「シンボル」をつくる効果だ。
シンガポールは、とても「小さな国」である。
面積は、私の住む静岡市のわずか半分だ。資源も少ない。世界遺産はひとつしかない。
にもかかわらず、存在感があり、観光客の人気も高い。マーライオンの写真を一目みれば、日本人のほとんどがシンガポールだと分かる。国のイメージも浮かんでくる。
たった一つのシンボルが、国のイメージを集約し、個性を伝え、魅力を発信してくれるのである。
イメージが浮かべば、消費者に選ばれやすくなる。
一方、マレーシアはどうか。
観光は、マレーシアの主要産業のひとつであり、国をあげて観光客の誘致に取り組んでいる。面積はシンガポールの500倍。この国には世界遺産も、美しいビーチリゾートも、さわやかな高原リゾートもある。
だが、鮮明なシンボルがない。
「観光に行くとすると、どちらの国に行きたいか」を聞いてみると、結果は図表2に示すとおり。
圧倒的多くが、超小国の「シンガポール」を選ぶ。まさに、「マーライオン効果」だ。
表2:観光に行くとすると、どちらの国に行きたいですか
出所)「小が大を超えるマーケティングの法則」
中小企業も同様だ。
個性を発信し、消費者に選ばれるためには、「シンボル」(核)が欠かせない。
事実、消費者の支持を受けている企業をみると、核となる商品を持っているケースが多い。
たとえば、洋菓子店をみてみよう。
流行っている店をみると、「この店の“ロールケーキ”は絶品」だとか、「この店は“チーズケーキ”が大人気」、「この店は“シュークリーム”が看板商品」、「この店は“フルーツタルト”で有名」など、シンボルを持つ店が多い。
一方、「すべてのケーキが、そこそこ美味しい洋菓子店」は、あまり流行っていないし、ブランド力のある店にはなっていない。
規模の小さな企業は、すべての商品のレベルを平均的に高めるのではなく、何かに特化することが必要だ。「一芸に秀でる戦略」である。そのためには、シンボルが欠かせない。
ここで、データから企業がシンボルをもつ効果を検証してみよう。
図表3は、全国1,000人消費者調査のデータを用いて、「核商品の有無」と「顧客満足度」の関係をみたものである。核となる商品がある企業に関しては、その利用者の63%が「満足」している。一方、核となる商品がない企業に関しては、「満足」している消費者の割合は、わずか14%。シンボルのある企業は、顧客満足度が高い。まさに、「マーライオン効果」だ。
表3:核商品がある企業の顧客満足度は高い
出所)「小が大を超えるマーケティングの法則」
シンボルがあると、なぜ顧客満足度や業績が向上するのだろうか。
それは、シンボルが企業に以下のような様々なメリットをもたらしてくれるからだ。
第一は、シンボルが、企業の「個性」を顧客に発信してくれることである。
個性が顧客満足度に結び付くことは既述のとおりだ。
第二は、「ハロー(後光)効果」である。
何か一つの面で優れていると、他の面でも優れているとみなされやすい。つまり、ある商品が突出して優れていれば、別の商品も優れていると思われやすい。それだけでない。シンボルが、企業全体のイメージも高めてくれる。平均的な商品をたくさん有するより、ひとつでも明らかに優れた商品をつくることが重要だ。
第三が、関連商品の販売、関連取引の拡大である。
何か一つ非常に優れた商品や優れた技術があれば、顧客が関連商品も購入してくれる可能性も高まる。
第四は、一つの商品・技術が突出することによって、それに引きずられて他の商品や技術のレベルアップも期待できる。
第五に、他の企業に負けないシンボルを有していると、従業員の士気を高め、仕事の質の向上も期待できる。核となる商品がある企業ほど、従業員の士気は高くなる。
大企業をみても、「核商品」が成長のキーポイントとなっているケースが多い。
たとえば、我が国有数の中華料理チェーン、「餃子の王将」。もしも店名が「中華の王将」だったら、今のように成長をできただろうか。
「餃子」をシンボルとして、個性を発信する手法が、顧客を集め、顧客の支持を得たのである。
「餃子の王将」には、餃子以外にも、ラーメン、チャーハン、焼きそば、レバニラ炒め、八宝菜、ちゃんぽん、皿うどんなど多様な中華メニューもある。だが、「中華の王将」として、「ラーメン、チャーハン、焼きそば、その他、中華なら何でもあります」といった訴求方法をとっていたならば、今日のように顧客の支持を受けることはなかったはずだ。
「ユニクロ」も、成長のきっかけはフリースへの集中だ。
柳井社長も、「何かに特化していかなければと思った」と語っている。「フリースに自信あり」という広告を打ち、フリースに経営資源を集中したのである。
さて、あなたにとっての「マーライオン」は何だろうか。
関連記事
静岡県立大学 経営情報学部 教授 静岡県立大学 経営情報学部 教授・学長補佐・地域経営研究センター長 博士(農業経済学)。専攻は、マーケティング。とくに、地域や中小企業に関するマーケティングを主な研究テーマとしている。これらの業績により、日本観光研究学会賞、日本地域学会賞、世界緑茶協会 学術研究大賞、財団法人商工総合研究所 中小企業研究奨励賞などを受賞。 |
食品業の経営者・マネージャーの皆さまへ