筆者は2000年代半ば、90年代から追いかけていたRFID(無線タグ、電子タグ)の導入が物流・流通分野でもいよいよブレイクするぞ、と月刊マテリアルフローで毎号のように取材記事を書いていました。経済産業省が2004年8月から2006年7月までの2年間、RFタグの普及・発展をめざして取り組んだ「響プロジェクト」をご記憶の方もあると思います。
「販売価格5円のタグ」の実現を目指した国家プロジェクトで、当時の担当課長某氏が「実現できなかったら東京タワーの周りを逆立ちして歩く」と公言したことでも注目を集めました。最終的には受託した日立製作所が「月産1億個で、インレイの単価で5円」を実現可能と報告して幕引き。インレイとは、パウチや紙で挟むなど使えるタグとして加工する前の素材としてのタグ本体のこと(図表1)。加工費を含めると相当高くなります。また「月産1億個」という数字は当時としては容易にメドが立つものでなく、その後国際標準化競争でも遅れを取ったことで、響フィーバーは収束していきました。
図表1 響タグのインレイ
でも響タグは確かに補助事業などで実用化され、筆者も当時、スーパー業界の導入現場に取材に行きました。カゴ車や6輪カート12,000台の上部に、壊れないようウレタンでサンドイッチ加工したタグを装着。ゲート上部のアンテナで入出荷時に自動読み取りし、「どこにいつ、何を積んだどのカゴ車・カートが入出荷されたか」の実績を採るシステムとした、なかなかのもの。
それも受けて筆者は、推進者らと一緒にRFIDの本格ブレイクは来年だ、来年こそだ、とか勝手なことを言い続けました。結局「コストが高い」「100%読めない」など立ちはだかる壁を前に実導入には足踏みが続き、08年のリーマン・ショックでRFIDブームをけん引していた米ウォルマート、英テスコ、独メトロなど欧米先進各社も積極的な動きを中断。先の日本のスーパーも、補助金なしで更新期を超えて継続するのは簡単でなかったようで、世界的に潮は引いていきました。筆者らは「狼が来る!」と叫んで顰蹙を買った狼少年ならぬ、「狼オジサン」と揶揄されたものです。
図表2,3 カートなどのRFタグを上部のリーダアンテナで自動読み取り(月刊マテリアルフロー,2007年5月号より)
図表4 ビームス物流センターの自動仕分け投入ステーション。バーコードを探して読ませることなく、タグがどこにあっても商品をさっとかざすだけでよい(流通研究社・月刊マテリアルフロー、2016年12月号より)
それから10年余、国内の流通・物流分野で(コスト負担力のある製造業では従来それぞれの用途でかなり普通にRFIDは使われている)、RFID本格実用化の先導役となったのは、アパレル業界ではないかと思います。中でも筆者らが月刊「マテリアルフロー」でこの数年来、追い続けてきたセレクトショップの雄・ビームスでは今年の春、全ブランド商品へのアイテムタギング、アウトレットを含む全店舗と物流センターへのRFIDシステム導入を完了。
複数同時一括・遠隔読み取り可能というバーコードの次元を超えた機能で、店舗では入出荷検品、店内と在庫の棚卸、商品検索、レジ清算などに、物流センターでもピッキングや仕分け時の商品検品・登録・判断(図表4)、入出荷検品、商品検索など縦横無尽に活用。物流だけでも「入荷効率が200%以上に」「(バーコードを探して1点ずつ読むのに比べ)作業効率の大幅向上」「在庫ロス率0.01%以下達成」などの成果を挙げています。
アパレルの製造小売・SPA型企業には、価格帯が高く(ジーンズ1本1万円前後など)、コスト負担力がまあ大きいのと、自ら商品企画を行い製配販の閉じたサプライチェーンを運用できる、というRFIDに有利な環境があることも後押し。日本アパレル・ファッション産業協会によると、この数年でRFIDのアイテムタギングに踏み切ったアパレル企業は、オンワード樫山、ユニクロ・GUなどを含め30社近くになるとのこと。アパレルではすでに、RFIDがブレイクしているのです。
しかし、コスト負担力のより低い、食品・日用雑貨などの分野ではどうなのか。これも前ブームの際、スーパー業界が先のカゴ車管理以外に、商品へのタギング実験も繰り返したものの、水物・金属物が読めないのとコスト回収のめどが立たないことから頓挫していました。
ところが! 本年4月、経済産業省が再び、大花火を打ち上げました。ご存じ「コンビニ電子タグ1,000億枚宣言」です。2025年までに、セブン‐イレブン、ファミリーマート、ローソン、ミニストップ、ニューデイズの全ての取扱商品(推計1,000億個/年)に電子タグを利用することについて、一定の条件の下で各社と合意。各社と共同で「コンビニ電子タグ1,000億枚宣言」を策定したというのです(図表5、同省の発表資料より)。
図表5 コンビニ電子タグ1000億枚宣言文
相当に思い切った宣言と言っていい。問題は「留保条件」でしょう。実は「タグ単価(今度は加工費も含めて)1円以下」という目標は、ベンダー各社の間でも不安視する声があります。さらに「ソースタギングが実現」という意味は、食品・日雑メーカーがコストを負担して製造時にタグを添付することを意味する。何らかのコスト按分策(卸も小売も、場合によっては消費者も、コストを分かち合う)なしには、進まないかも知れません。
ただし、もしもこれが実現すれば、消費財サプライチェーン全体に革命的な変化が起こります。ローソンは早くもさる2月、店舗の商品に手作業でアイテムタギングし、「レジロボ」という自動レジ清算・袋詰めシステムの実証実験を行いました(図表6,7)。店舗だけでなく、製造ラインを出てからの物流・サプライチェーン工程全般で自動一括検品、在庫管理・棚卸が可能になるメリットは計り知れない。
図表6,7 ローソンが実証実験を行ったRFIDアイテムタギングと「レジロボ」による一括自動清算と、袋詰めの様子 (流通研究社・月刊マテリアルフロー、2017年3月号より)
複数一括同時・遠隔読み取り可能なだけでなく、RFIDにはもう1つ、バーコードにはない特徴として、「ユニーク管理」可能なことがあります。バーコードには商品のアイテム別コードまでしか書けませんが、RFIDには「世界でそれがただ1つ」というユニーク性を担保するコードが書き込める(これら全品にタギングすればコードも足りなくなるでしょうから宅配トレースコードのように使い回しすることになるでしょうか)。だから「個品管理」なのです。となると万一、製造不良事故などが発生した場合、流通・物流工程ですべて動きをトレースしていれば、リコール回収がピンポイントででき、被害を最小化できることになります。
「1,000億枚構想」現実化への道筋に立ちはだかる壁は、確かに高い。しかし30数年前、某大手小売業が納品商品へのバーコードのソースマーキングを求めたとき、メーカーは渋々ながら応じました。それによって、日本の流通・物流業界にも「バーコード革命」が起こった。圧倒的な作業の管理の効率化・正確化が実現されたのです。今やバーコードなしの流通・物流など考えることもできない。
……と同じことがさらに高次元で、「RFID革命」が、もしかしたら、起こるかもしれない。私たちは少なくとも、そんな時代を念頭に置いておいた方がよさそうです。
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